幼馴染の心配
「本気なの⁉」
女性の高い声が室内に響き渡る。
結婚式を前日に控え、宿泊する招待客のもてなしで城の中はバタバタしていた。
一通りの出迎えを終え、メイドと執事に客人の案内を任せて落ち着いた頃、幼馴染であるフリージア・スティーチが部屋に訪ねてきた。
黄色の辺境伯であるフリージアはアーキンスの幼馴染で、長身でスタイルの良い美人である。赤い髪に緑色の瞳と口元のほくろが印象的な彼女はドレスより乗馬服が似合う凛々しい女性だ。ダンスよりも剣技を好み、その腕前はアーキンスも舌を巻くほど。領地内に出現した魔物の討伐を自ら進んで行う勇ましい女領主である。
クールな見た目に反して熱くなりやすい性格のフリージアに花嫁が急遽変わった経緯を説明すると、案の定烈火の如く怒りだした。
「ロゼ・ハーネットって『出荷された豚聖女』でしょ? 怠惰で頭も性格も悪いって有名じゃない。そんな人と一緒にならなくたって……」
「フリージア」
フリージアの発言をアーキンスはやや強い口調で制した。
「噂を鵜呑みにしてはいけません。まだお会いしたばかりですが、噂で聞くほど性格は悪くないように思います。それに、私は人の容姿に注文を付けられる立場にない。聖女が妻になってくれるだけでも感謝しなければ」
「だけど……」
フリージアは納得いかない、と言いたげな表情を浮かべる。
「それに、彼女はあのアルフレッド様が大事にしていた聖女です」
今は病気療養中で神殿には不在だが、アルフレッド・サンは当代随一の聖力の使い手だ。
大神官聖下と名高い彼が大層可愛がり、自分の手足のようにロゼを扱っていたと知った時は驚いた。
『ロゼ・ハーネットは私の手足だ。そのうち、お前にも会わせてやろう』そう言って誇らしげな顔をしたアルフレッドをアーキンスは忘れることができない。
その実力の高さから人を見下し、不遜な態度を崩さない彼は人を褒めることはほぼない。
そんな彼が誰かを誇らしげに語る姿が意外でとても印象に残っている。
まさか、あんなに恰幅の良い女性だとは思っていませんでしたが。
噂ではアルフレッドに甘え、神殿では他の聖女に仕事を押し付け、怠惰な生活を送り、豚のように醜くなったと聞いた。目立ちたがりで集団行動でも意味のない発言をしては輪を乱し、注意する聖女を睨んだり、文句を言うので性格も醜いのだと。
しかし、アルフレッドにはそこまで酷い性格をしているとは思えないのだ。
雨に打たれていた彼女を見つけた時、彼女は泣いていた。
急な結婚話から攫うように馬車に乗せられ、見知らぬ土地に一人、鞄一つでやって来たのだ。
混乱と困惑の中、親しい人と別れを惜しむ間もなく、心を慰められるような故郷の品を用意する間もなく、心の準備もできないままやって来たのだろう。
しかも相手は呪いを受けた羊人間だ。聖女である彼女にはおぞましく、恐ろしく、不気味に映ったに違いない。
それでも、ロゼはそのようなことは態度に一切出さず、この婚姻を受け入れてくれた。
もっと詰られ、泣き喚かれることを覚悟していたアーキンスは意外に思いながらも安堵もした。
せっかく来てくれた花嫁をこれ以上、傷付けるわけにはいかない。
「私の花嫁です。心配して下さることには感謝してますが、発言には気を付けて下さい」
「分かったわよっ! でも、無理して結婚生活を続けることはないわ。その呪いさえ解けてしまえば、嫁なんて呼んでなくても来るんだからね!」
フリージアの言葉にアーキンスは苦笑した。
何が原因なのかさっぱり分からないこの呪いが解ける日など来るのだろうか。
もし、解けたとしたら、自分は彼女をどうするのだろうか。
そんなことを考えながら、アーキンスはお茶の入ったカップに口を付けた。




