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第7話 実家からの刺客と、不敵な冷徹社長

れんさんが会社へ行ってから、数時間が経った。

私はリビングのモップがけを終え、ふぅ、と小さく息を吐いた。


蓮さんの実家のお母さんからの電話は怖かったけれど、蓮さんが言ってくれた「俺がすべて排除する」という言葉が、今の私の大きな支えになっていた。


「よし、落ち込んでばかりじゃダメだよね。お昼は蓮さんがいないから、自分の分は簡単に済ませて、夜のご飯の仕込みをしよう」


そう言って、私がキッチンに向かおうとした、その時だった。

ピンポーン、と重厚なインターホンの音が、静かな部屋に鳴り響いた。


「あ、高橋さんかな? 何か届け物でも……」


そう思いながら玄関に向かい、インターホンのモニターを確認した私は、思わず息を呑んだ。


そこに映っていたのは、高級な着物を一分の隙もなく着こなした、いかにも気が強そうな初老の女性。


そして、その後ろに控える、仕立ての良いスーツを着た体格のいい男たち二人。

直感が告げていた。


この人が、朝の電話の主――蓮さんのお母さん、一ノ瀬本家の正妻である『一ノ瀬冴子さえこ』だと。


心臓がバクバクと激しく鐘を打つ。

居留守を使おうかとも思ったけれど、相手は蓮さんの実の母親だ。

ここで逃げたら、蓮さんの顔に泥を塗ることになってしまう。


私は意を決して、鍵を開け、ゆっくりとドアを開いた。


「……初めまして。宇野莉奈、と申します」


私が深く頭を下げると、蓮さんのお母さんは、ゴミを見るかのような冷酷な視線を私に投げかけてきた。


「あなたが莉奈ね。フン、電話で聞いた通り、華もなければ品性もない、ただの泥棒猫だわ」


お母さんは私を押し除けるようにして、土足のまま高級な大理石の玄関へと踏み込んできた。

後ろの男たちも、威圧するように私の左右を固める。


「あの、一ノ瀬様。ここは蓮さんの個人のお部屋ですので、土足で入られるのは……」


「黙りなさい、生意気な。このマンションの資金だって、元を正せば一ノ瀬の本家が出したものよ。お前のような身の程知らずな家政婦が、我が物顔でいていい場所ではないの」


お母さんはリビングのソファにドカリと腰掛け、バッグから一通の封筒を取り出して、ローテーブルに叩きつけた。


「ここに、手切れ金として3000万円入っているわ。お前のような貧乏人には、一生かかっても拝めない大金でしょう? これを持って、今すぐ蓮の前から消え失せなさい」


3000万円。


確かに、私にとっては信じられないほどの大金だ。

普通の女の子なら、この威圧感と大金に圧倒されて、泣き崩れてしまうかもしれない。


だけど、理不尽に全てを失い、泥水をすするような思いをしてきた私の中に、不思議と一本の「芯」が通っていくのを感じた。


私はプロの家政婦だ。そして今は、月50万円で蓮さんの健康と生活を守る『契約』を結んでいる。

お金で動いて、依頼人を裏切るような真似は、プロとして絶対に許せない。


私は叩きつけられた封筒を見つめたまま、一歩も引かずに言った。


「お断りします」


「……何ですって?」


お母さんの眉が、不快そうに跳ね上がった。


「私は一ノ瀬蓮さんと、正式な契約を結んでここにいます。蓮さんが『出て行け』とおっしゃるなら今すぐ荷物をまとめますが、それ以外の方の命令で、この家を空けるわけにはいきません」


「ふん、強情な女。蓮があなたに執着しているのは、ただの気まぐれよ。一ノ瀬の血筋に、あなたのような泥臭い女は絶対に交われないの。……おい、お前たち。この女の荷物をすべて外に放り出しなさい。力尽くでもつまみ出すのよ」


お母さんが冷酷に命令すると、後ろに控えていた二人の大男が、ニヤリと笑って私に手を伸ばしてきた。


万事休す、と思ったその瞬間――。


バァン!! と、静かな部屋に、鼓膜が破れるかと思うほどの凄まじい衝撃音が響き渡った。

見ると、玄関の重厚なドアが、文字通り蹴り開けられていた。


「――俺の家に土足で上がり込み、俺の妻に手を上げようとは、いい度胸だな。一ノ瀬冴子」


地獄の底から響くような、凄まじい怒気を孕んだ低い声。

そこに立っていたのは、息を荒くし、狂気すら感じさせるほどの鋭い目で睨みつける――蓮さんだった。


「れ、蓮……っ!? どうしてここに……仕事は……」


お母さんが初めて、怯えたように声を震わせる。

蓮さんは大股でリビングへ入ってくると、私の前に立ち、大男たちを遮るようにして私を背中に隠した。


彼の背中から、目に見えるほどの凄まじい覇気が立ち上っている。


「莉奈のスマートフォンに、位置情報と防犯用の緊急アラートを仕込んでおいて正解だったな。高橋、この男どもを今すぐ建造物侵入と傷害未遂の現行犯で警察に引き渡せ。一歩でも動いたら、容赦なく叩きのめしていい」


「かしこまりました、社長。すでに警察には通報済みです。あと5分で到着します」


後ろから入ってきた秘密の高橋さんが、冷徹な手際で無線を操作する。


「蓮! お前、実の母親に向かってなんて言い草なの! 私は一ノ瀬家のために――」


「うるさい」


蓮さんは一歩前へ踏み出し、実の母親を、凍りつくような冷たい目で見下ろした。


「朝も言ったはずだ。一ノ瀬の家柄など、俺の会社の前には何の価値もないと。母さん、あなたが我が物顔で使っているそのブランド物も、本家の贅沢な暮らしも、すべて俺の会社が本家に回している莫大な利益(配当)のおかげだということを忘れたのか?」


「それは……っ」


お母さんの顔から、一気に血の気が引いていく。


「もしこれ以上、莉奈に指一本でも触れてみろ。明日から一ノ瀬本家への資金調達をすべて凍結する。本家を破産させ、あなたたちを路頭に迷わせることなど、今の俺には造作もないことだ」


蓮さんの言葉は、脅しでも何でもなかった。

若くして日本のトップIT企業へと上り詰めた彼には、一国の経済すら動かせるほどの権力と財力があるのだ。


「ひ、ひぃ……っ」


大男たちは蓮さんの気迫に完全に呑まれ、逃げるようにその場にへたり込んでしまった。


お母さんも、プライドを完全にへし折られ、ガタガタと震えながらソファに崩れ落ちた。


「二度と、俺たちの前に現れるな。莉奈は、俺が世界で一番愛している、俺だけのものだ」


蓮さんはそう吐き捨てると、警察の到着を待たずに、私を抱き上げるようにして自分の腕の中に囲い込んだ。


実家の襲来という最大の危機は、蓮さんの圧倒的な『最強スパダリ無双』によって、ものの数分で完全制裁ざまぁされたのだった。

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