約束という名の結界
水遊び試運転事件の翌日。
園内は、いつも以上に落ち着かない空気に包まれていた。
理由はひとつ。
「きょう、みず?」
「プール?」
「きのう、えんちょーびしょびしょだった!」
噂は正確に、しかも誇張されて広がっている。
魔王は園庭の中央に立ち、手を上げた。
「集まれ」
その声に、園児たちは自然と円を作る。
この反応の良さだけは、魔王も少し誇らしい。
「水遊びは、もうすぐ始める」
「やったー!」
歓声が上がるが、魔王は手を下ろさない。
「だが、その前に約束がある」
園児たちは、ぴたりと静かになる。
この園では、「えんちょーの約束」はかなり重要だ。
「走らない」
「おさない」
「いやなことは、すぐ言う」
一つ一つ、ゆっくりと言葉にする。
「約束を守れない者は、水遊びはできない」
「えー……」
不満の声が上がるが、魔王は譲らない。
「楽しいことほど、守るべきものがある」
その言葉は、どこか重かった。
保育士たちは、魔王の横顔を見て、静かにうなずく。
「守れる?」
「……うん」
「ぜったい?」
園児たちは顔を見合わせ、そして大きくうなずいた。
「まもる!」
魔王は、そこで初めて口元を緩める。
「よし。それなら、始めよう」
その日は本格的な水遊びではなく、ルール確認の日だった。
水に触るのは、手だけ。
足だけ。
それでも園児たちは大喜びだ。
「つめたい!」
「きもちー!」
水しぶきが飛ぶたび、魔王はすぐに動く。
滑りそうな場所を確認し、帽子が取れた子を呼び止める。
気がつけば、誰よりも走り回っていた。
保育士が小声で言う。
「園長先生、結界みたいですね」
「結界?」
魔王は少し考えて、答えた。
「約束は、守るための結界だ」
「破れば、危険が入ってくる」
その日の帰り。
「えんちょー、やくそく、まもったよ」
「明日も、やる?」
魔王はしゃがみ込み、真っ直ぐに答える。
「守れたから、次がある」
その一言に、園児たちは誇らしげな顔をした。
約束は、縛るものではない。
守るための力だ。
魔王は、また一つ大切なことを覚えていた。




