試運転でずぶ濡れ
水遊び開始を目前に控えたある日。
魔王は、園庭の真ん中に立っていた。
その周囲には、ホース、簡易シャワー、スプリンクラー。
まだ園児の姿はない。
「……よし」
試運転の日である。
保育士たちは少し離れた場所から見守っていた。
なぜか全員、着替えを準備している。
「園長先生、まずは弱めからお願いしますね」
「承知した」
魔王は蛇口をひねる。
水は素直に、細く噴き出した。
「問題ないな」
「そのまま、向きを少し変えてください」
指示通りにホースを動かした、その瞬間。
バシュッ。
ホースが暴れ、勢いよく水が噴き上がる。
「……!」
回避できたはずだった。
だが、なぜか魔王は一歩遅れた。
頭から、見事に水を浴びる。
沈黙。
次の瞬間、保育士たちが吹き出した。
「園長先生!」
「大丈夫ですか!」
「……びしょ濡れですね」
魔王は、その場で固まっていた。
「……水とは、手強いな」
髪から滴る水を気にしながら、ゆっくりとうなずく。
かつて炎や雷を操っていた存在が、ただの水に敗北している。
「えんちょー、なにしてるのー?」
登園してきた園児たちが、門の向こうから声を上げる。
「みずー!」
「ぬれてる!」
魔王は一瞬迷い、そして決断した。
「……見せしめだ」
ホースを構え、今度は自分に向ける。
「水遊びは、こうなる」
「えー!」
園児たちは一瞬驚き、次の瞬間、大笑いした。
「えんちょー、へん!」
「びしょびしょ!」
魔王は、なぜか誇らしげだった。
「怖くはない」
「だが、ルールを守らねば危険だ」
そう言って、濡れた服のまま説明を続ける。
その姿は、妙に説得力があった。
結局その日、魔王は一日中、少し湿った状態で過ごすことになった。
夕方。
「園長先生、着替えましょう?」
「……いや、これは戒めだ」
保育士たちは笑いをこらえきれなかった。
園児たちの間では、その日から噂が広まった。
えんちょーは、みずにまけた。
魔王は、それを否定しなかった。
夏は、確実に始まろうとしていた。




