魔王、夏の気配にざわめく
朝から、園内の空気がいつもと違っていた。
じっとしているだけで、じわりと汗ばむ。
「……暑い」
魔王は思わず呟き、天井を見上げる。
まだ本格的な夏ではないが、確実に季節は次へ進もうとしていた。
登園してきた園児たちも、どこか落ち着きがない。
「きょう、あついねー」
「みず、あそびたい」
「おそと、あつい!」
その声に、保育士たちが顔を見合わせる。
この流れは、嫌というほど分かっていた。
「園長先生……そろそろ、あれを考える時期かもしれませんね」
「あれ、とは?」
魔王が首をかしげると、保育士は小さく笑った。
「夏の準備、です」
その一言で、魔王の脳裏にさまざまな映像が浮かぶ。
水。
騒ぎ。
びしょ濡れの園児たち。
そして、なぜか自分も巻き込まれている未来。
「なるほど……戦が始まるのだな」
「戦じゃありません」
即座に否定されるが、魔王の表情は真剣だった。
園庭に出ると、すでに日差しは強く、砂場はほんのり熱を帯びている。
園児の一人が、しゃがみこんで言った。
「おすな、あったかい」
「……危険だな」
砂の温度を確認し、魔王は即座に判断する。
遊びの安全確保は、園長の最優先事項だ。
「よし。今日から少しずつ、夏の対策を始める」
「なにするの?」
「みず?」
「プール?」
その単語が出た瞬間、魔王の肩がわずかに跳ねた。
「……まだだ」
「えー!」
即座にブーイングが飛ぶ。
「順序というものがある」
「じゅんじょってなにー?」
魔王は一瞬言葉に詰まり、咳払いをした。
「……準備だ」
園児たちは納得したような、していないような顔で散っていく。
その背中を見送りながら、魔王は腕を組んだ。
水遊び、プール、夏祭り。
どれも園児たちにとっては楽しい行事だ。
だが、同時に危険も増える。
守れるか。
全員を。
その問いに、魔王は迷わなかった。
「守るに決まっているだろう」
小さな命を預かる覚悟は、もうできている。
園庭に吹いた風が、少しだけ夏の匂いを運んできた。




