夜の保護者と、魔王の本音
園児たちが全員帰り、園内はしんと静まり返っていた。
昼間の騒がしさが嘘のようで、魔王はこの時間が少しだけ苦手だった。
電気を落とした廊下を歩くと、自分の足音だけが響く。
かつては、静寂こそが支配の証だった。
だが今は、この静けさが少しだけ心細い。
職員室で椅子に腰を下ろし、今日の業務日誌を開く。
園長当番、成功。
ケンカ対応、問題なし。
保護者対応、円満。
文字にすると簡単だが、一つ一つが全力だった。
「……疲れたな」
ぽつりと漏れた声に、自分で少し驚く。
疲れた、という言葉を口にするのは久しぶりだった。
窓の外を見る。
街の灯りが、遠くに瞬いている。
もし、ここに来なければ。
もし、魔王のままだったら。
そんな「もし」を、最近よく考える。
「わしは……うまくやれているのか」
誰に向けるでもない問い。
答えは返ってこない。
その時、廊下の奥から小さな音がした。
「……?」
魔王は立ち上がり、音の方へ向かう。
暗い教室の前で、立ち止まる。
中を覗くと、忘れられたぬいぐるみが一つ、椅子に座っていた。
昼間、園児が抱いていたものだ。
魔王はそっと近づき、ぬいぐるみを手に取る。
「お前も、置いていかれたか」
返事はない。
だが、不思議と心が落ち着く。
「明日、持ち主に返そう」
そう呟いて、ぬいぐるみを胸に抱える。
その動作が、あまりにも自然で、魔王自身が一番驚いていた。
職員室に戻り、日誌の続きを書く。
園児は今日も元気。
泣いて、笑って、成長している。
そして最後に、一行付け足した。
園長として、守るべきものがここにある。
ペンを置き、深く息を吐く。
「……悪くない」
静かな夜の保育園で、元・魔王は小さく笑った。
明日もまた、騒がしい一日が始まる。




