初めてのケンカ対応
午後の自由遊びの時間。
園庭は、いつものように賑やかな声で満ちていた。
砂場では山が崩れ、滑り台では順番待ちの列ができ、ブランコはなぜか全力で漕がれている。
その中で、魔王は異変を察知した。
声の質が違う。
楽しい叫びではなく、少しだけ尖った音。
「かえして!」
「やだ!ぼくの!」
次の瞬間、泣き声が上がった。
保育士が駆け寄ろうとした、その前に。
魔王はすでに動いていた。
「どうした」
低い声だが、威圧はない。
むしろ、いつもより静かだった。
二人の園児が、同じスコップを掴んでいる。
一人は顔を真っ赤にし、もう一人は涙をこらえていた。
「それ、ぼくがつかってた」
「でも、ほしかったの」
魔王は一瞬、かつての自分を思い出しかけて、すぐに打ち消す。
力で奪う世界は、もう終わった。
「まず、手を離そう」
ゆっくりと言う。
園児たちは一瞬迷い、それからスコップを離した。
魔王は地面に腰を下ろし、二人と同じ目線になる。
「話そう。順番にだ」
驚くほど、二人は素直だった。
片方は、作っていた山を壊されたくなかったこと。
もう片方は、仲間に入りたかったこと。
魔王は、黙って最後まで聞く。
「どちらも、間違っていない」
その言葉に、二人は顔を上げた。
「だが、同時に同じものは使えない」
「……うん」
魔王はスコップを二人の間に置いた。
「では、どうする?」
沈黙。
園児たちは考える。
「……かわりばんこ?」
「いっしょにつくる?」
魔王は、思わず口元を緩めた。
「それでいい」
二人は顔を見合わせ、ぎこちなく笑う。
次の瞬間、並んで砂山を作り始めた。
少し離れた場所で、保育士たちは息を詰めて見ていた。
「……怒らないんですね」
「怒るより、考えさせたほうが強い」
魔王はそう答えた。
かつては、恐怖で従わせていた。
だが今は、納得で動いてくれる。
その違いが、少しだけ誇らしかった。
しばらくして、二人の園児が走ってくる。
「えんちょー!できた!」
「いっしょにつくった!」
崩れかけの砂山だったが、二人にとっては立派な城だ。
魔王は深くうなずいた。
「よくできた」
その一言で、二人は満足そうに笑った。
夕方。
日誌を書きながら、魔王はふとペンを止める。
ケンカは、悪いことじゃない。
ただ、どう終わるかが大事なのだ。
その学びを、かつての自分が知っていたら。
そんなことを思いながら、魔王はまた一行を書き足した。
園長の仕事は、今日も続く。




