園長当番、始動
その日のお知らせボードには、見慣れない文字が貼り出されていた。
えんちょうとうばん
ひらがなで書かれたその言葉を、園児たちは首をかしげながら見上げている。
「えんちょーが、なに?」
「とうばんって、おやつ?」
その反応に、魔王は少しだけ胸を張った。
「今日はわしが、みんなの当番だ」
園児たちは一瞬きょとんとし、次の瞬間、一斉に歓声を上げた。
「えー!」
「やったー!」
「いっしょにやるのー!」
保育士たちは、すでに遠い目をしている。
嫌な予感しかしないが、止める手段もない。
最初の任務は、花の水やりだった。
小さなジョウロを手に、園児たちが並ぶ。
その中に、明らかに場違いな大きな影が一つ。
魔王は、全力で小さなジョウロを持っていた。
「……壊れそう」
「持ち方、やさしくね、えんちょー」
指摘され、魔王はぎこちなく力を抜く。
かつて山を砕いた腕で、水をこぼさないように気をつけるという高難度ミッションだった。
「せんせー、あふれてる!」
「わ、わしの魔力が……」
言いかけて、慌てて口をつぐむ。
「……水の勢いが強かっただけだ」
園児たちは気にしない。
むしろ、水たまりではしゃぎ始めている。
次は給食準備だ。
三角巾とエプロンを身につけた魔王の姿に、職員室から悲鳴とも笑いともつかない声が漏れた。
「似合ってる……?」
「似合いすぎて怖い……」
魔王は真剣そのものだ。
「皿は落とすな。落としたら……」
「ひろう!」
「そうだ」
余計なことを言わずに済んだ自分を、心の中で褒める。
配膳は、驚くほどスムーズだった。
一皿一皿を丁寧に扱い、園児たちの前に静かに置く。
「えんちょー、やさしい」
「こぼしてない!」
その言葉に、魔王は小さくうなずく。
最後の任務は、掃除だった。
雑巾を手に、園児たちと並んで床を拭く。
どうしても一拭きで終わってしまうが、魔王は意識的に動きを遅くした。
「いっしょがいい」
「うむ。一緒だ」
園児の小さな手と、自分の大きな手。
並べて床を拭くという行為が、こんなにも難しく、そして楽しいとは思わなかった。
すべてが終わった頃、魔王は静かに息を吐いた。
「……当番とは、なかなか奥深いな」
保育士たちは、完全に白旗だった。
「園長先生、完璧です」
「魔王だった人とは思えません」
その言葉に、魔王は少しだけ照れたように視線を逸らす。
「わしは今、園長だからな」
その日の帰り、園児たちは口々に言った。
「えんちょー、またとうばんして!」
「つぎはいつ?」
魔王は答えなかった。
だが、心の中ではすでに次の当番のことを考えていた。
園長当番は、どうやら一日では終わらないらしい。




