会議という名の戦場
朝の会が終わったあと、園児たちは思い思いに遊び始めた。
積み木を高く積む者、意味もなく走り回る者、なぜか床に寝転んで天井を見つめる者。
その様子を横目に、魔王は職員室へ向かう。
今日の本題は、保育士たちとの話し合いだった。
「では、始めようか」
低い声でそう言った瞬間、保育士たちの背筋が反射的に伸びる。
もう何度も一緒に働いているのに、この声だけはどうしても慣れない。
「え、えっと……今日は何のお話でしょうか、園長先生」
魔王は腕を組み、ゆっくりとうなずく。
その仕草だけ見ると、完全に世界征服を企む存在だ。
「園の今後についてだ」
一瞬、空気が凍る。
今後。
それはつまり、行事の追加、ルールの変更、もしくはとんでもない思いつきの前触れである可能性が高い。
「安心してほしい。爆発はしない」
「その前置きが一番不安です……」
魔王は気づいていないが、この時点で保育士たちはすでに半分諦めていた。
「最近、園児たちの成長が著しい」
「は、はい」
「そこでだ。新しい取り組みを考えている」
保育士の一人が、そっとメモ帳を構える。
過去の経験上、ここで記録を取らないと後で大変なことになる。
「園児たちに、少しだけ責任を持たせたい」
「せ、責任……?」
その言葉に、全員が顔を見合わせる。
おもちゃを片付けるだけで一苦労なのに、責任とは何を指すのか。
「役割だ。小さな役割」
「……当番制、ですか?」
「うむ」
意外にも、普通の答えだった。
「花の水やり、給食前の準備、友だちの手伝い」
「……それなら、いいかもしれませんね」
保育士たちの表情が、少しずつ緩む。
「ただし」
「はい」
魔王は、ここで一拍置いた。
「わしも参加する」
「え?」
全員の視線が一斉に集まる。
「園長先生が、ですか?」
「うむ。当番にだ」
魔王は真顔だ。
冗談を言っている様子は一切ない。
「園長も一緒にやることで、園児たちは安心する」
「い、いえ……それは……」
想像してしまったのだ。
巨大な体で真剣に花に水をやる魔王。
給食当番の帽子をかぶる魔王。
雑巾を持って床を拭く魔王。
「……見てみたいかも」
「ちょっと、あなた何言ってるの」
誰かの小さな呟きに、魔王は満足そうにうなずいた。
「決まりだな」
「決まってません!」
その瞬間、職員室の扉が勢いよく開く。
「えんちょー!せんせー!」
「なにしてるのー!」
園児たちがなだれ込んできた。
魔王は一瞬で姿勢を低くし、目線を合わせる。
「どうした」
「ひまー!」
「つぎなにするのー!」
その無邪気な声を聞き、魔王はふっと息を吐く。
「……やはり、会議は戦場だな」
保育士たちは苦笑した。
この園で一番大変な仕事は、魔王でいることではなく、園長でいることなのだから。
そしてこの日、保育園に「園長当番」という前代未聞の制度が生まれようとしていた。




