守る場所を選ぶということ
夕方の園庭は、昼間の賑やかさが嘘のように静かだった。
ブランコは止まり、砂場には小さな足跡だけが残っている。
マオは園舎の前に立ち、戸締まりを確認していた。
そのとき、門の方で足音がした。
振り返ると、昼間の父親が立っていた。
子どもはいない。ひとりだ。
「……少し、時間をいただけますか」
マオは頷いた。
二人は園庭の端、ベンチに腰を下ろす。
沈黙が落ちるが、居心地の悪いものではなかった。
「今日のこと……本当に、ありがとうございました」
父親は深く頭を下げる。
「俺は……あの子を守るつもりで、でも……」
言葉が詰まる。
マオは、空を見上げたまま言った。
「力は、恐怖を遠ざけるが、安心までは与えぬ」
父親は驚いたように顔を上げる。
「安心とは、日常だ。毎日、同じ場所に帰れることだ」
「……ここが、その場所だと?」
「少なくとも、子どもにとってはな」
父親は拳を握りしめ、しばらく俯いていたが、やがて小さく笑った。
「昔は……力で従わせることしか、知らなかった」
「知っている」
「それでも、ここでは……それが通じない」
「通じなくていい」
マオは、初めて父親の方を見る。
「ここは、戦場ではない」
その言葉に、父親の肩から力が抜けた。
「……俺、決めました」
父親は真っ直ぐに言った。
「ここで、ちゃんと父親をやります。逃げない」
「それでいい」
短い答えだったが、十分だった。
門の外から、夕風が吹き込む。
木々が揺れ、葉擦れの音が響く。
父親は立ち上がり、もう一度深く頭を下げた。
「明日も……よろしくお願いします」
「来い」
それだけで、約束は成立した。
父親が去ったあと、マオは一人、園庭に残る。
空はすっかり朱色に染まり、やがて夜へと向かっていく。
魔王として世界を支配していた頃、
守るとは、奪うことと同義だった。
だが今は違う。
泣く子がいて、笑う子がいて、
明日も同じ時間に門が開く。
その繰り返しを守ること。
「……我は、ここを選んだ」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
次の試練が来ることは分かっている。
それでも、この場所を手放す気はなかった。
マオは園舎の灯りを消し、静かに門を閉めた。




