秘密を抱えたまま、手を伸ばす
そのトラブルは、本当に些細なことから始まった。
園庭での自由遊びの時間。
鬼ごっこに夢中になった園児たちが、勢い余って植え込みの方へ突っ込んだ。
「まってー!」
「つかまえたー!」
次の瞬間、悲鳴が上がる。
「いたい!」
元部下の子どもが、地面に尻もちをついていた。
足首を押さえ、顔を歪めている。
先生たちが駆け寄るより早く、父親が一歩前に出かけた。
ほんの一瞬。
本当に、一瞬だけ。
空気が、揺れた。
マオは即座に動いた。
父親の前に、何事もなかったかのように立つ。
「……止まれ」
低い声。
それだけで、男は我に返った。
「す、すみません……」
魔力は、完全に引っ込められる。
マオはしゃがみ込み、子どもの足首を見る。
赤くなっているが、腫れはない。
「歩けるか」
子どもは、こくりと頷いた。
「ちょっと、びっくりしただけ」
その言葉に、周囲の空気が緩む。
マオは立ち上がり、淡々と言う。
「今日は、ここまでだ。保健室で休む」
手を差し出すと、子どもは迷わず掴んだ。
その様子を見て、父親は歯を食いしばる。
「……すみません」
小さな声だった。
保健室で氷を当て、しばらく様子を見る。
子どもはすぐに落ち着き、給食もいつも通り食べた。
何事もなかったように、一日は過ぎていく。
迎えの時間。
父親は、誰もいない廊下でマオを呼び止めた。
「……あのとき」
「言うな」
マオは、先に遮る。
「ここでは、力は不要だ」
男は、深く頭を下げた。
「分かっています。ですが……怖くて」
「恐れるのは、親として正しい」
その言葉に、男は顔を上げる。
「だが、我がここにいる」
それは、約束だった。
門の外で、親子が帰っていくのを見送る。
子どもは振り返り、元気よく手を振った。
「えんちょー、またあした!」
マオは、片手を軽く上げる。
「……明日も来い」
園が静かになる。
魔王としての力は、確かにある。
だが、それを使わずに守ることを、今は選んでいる。
その選択は、重い。
だが、間違ってはいない。
マオは夕焼けの園庭を見渡し、静かに息を吐いた。




