初登園と、静かな緊張
その日は、いつもより少しだけ空気が張りつめていた。
新しい名札。
新しい靴箱。
そして、新しい園児。
元部下の子ども――という事情を知らない園児たちは、純粋に興味津々だった。
「なまえ、なに?」
「いっしょにあそぼ!」
子どもは少し戸惑いながらも、すぐに輪の中に入っていく。
滑り台に誘われ、ブランコを押され、気づけば笑っていた。
マオは園庭の端で、その様子をじっと見ていた。
「……普通、だな」
普通に遊び、普通に笑い、普通に転びそうになる。
だが、その瞬間。
転びかけた子どもを、父親が反射的に見た。
ほんの一瞬。
魔力が、かすかに揺れた。
マオの視線が鋭くなる。
男も気づき、すぐに視線を伏せた。
「……すまない」
小さく、唇だけが動いた。
マオは何も言わず、ただ一歩前に出る。
それだけで、空気が戻った。
園児の一人が、マオの服を引っ張る。
「えんちょー、みて!すなやま!」
「崩れる」
「えー!」
案の定、崩れた。
泣きそうな顔が並ぶ。
マオは屈み込み、淡々と言う。
「崩れるのは、作った証拠だ」
園児たちは一瞬ぽかんとして、それからまた砂を集め始めた。
父親は、その様子を黙って見ていた。
そして、静かに息を吐く。
「……ここは、いい場所ですね」
マオは答えない。
だが、否定もしなかった。
昼。
給食の時間。
新しい園児は、少し緊張しながらも完食した。
「おかわり」
その一言に、先生が驚く。
「すごいね」
マオは、ほんのわずかに口角を上げた。
帰り際。
父親は深く頭を下げる。
「ご迷惑は、かけません」
「……守れ」
それだけ言う。
父親は、はっきりと頷いた。
園の門が閉まり、静かになる。
マオは一人、園庭を見渡す。
過去は、もう追いかけてきている。
だが、それを拒む気はなかった。
ここは、今の居場所だ。




