元部下、保護者として現われる
その日は、朝から嫌な予感がしていた。
理由は分からない。
ただ、魔力がわずかにざわついている。
「……来るな」
そう思った直後、門が開いた。
登園してきたのは、見慣れない親子だった。
子どもは年中くらい。
そして、その後ろに立つ保護者の男。
一瞬で分かった。
「……お前」
男は、深々と頭を下げた。
「ご無沙汰しております、魔王様」
声が、低く、はっきりしすぎている。
マオは即座に周囲を確認する。
園児たちは騒がしく、先生たちは気づいていない。
「……呼び方を変えろ」
小声で言うと、男は慌てて言い直した。
「え、えんちょー、ですね」
元部下。
かつて軍団を率いていた幹部の一人。
今は人間の姿をしているが、気配は隠せていない。
「子が……こちらに通いたいと申しまして」
横の子どもが、きらきらした目でマオを見る。
「ここ、すべりだい、ある!」
マオは一瞬、言葉を失った。
「……貴様、何を考えている」
「普通の生活を」
即答だった。
「もう、戦う時代ではないかと」
その言葉に、胸の奥が少しだけ軋む。
面談室で話をすることになった。
書類を前に、妙にぎこちない空気が流れる。
「保護者としての注意事項は守れるか」
「命に代えても」
「重い」
「失礼しました。全力で」
問題はない。
いや、問題しかない。
だが、子どもは無邪気に園内を見回している。
「えんちょー、ここ、いいにおい」
給食室の匂いだ。
その様子を見て、マオは視線を逸らした。
「……条件がある」
男は背筋を伸ばす。
「我が正体を、誰にも言うな」
「もちろんです」
「そして、ここではただの保護者だ」
男は、深く頷いた。
「承知しました。園長先生」
その呼び方に、少しだけ救われた。
面談が終わり、入園手続きは進むことになった。
元部下は帰り際、ぽつりと呟く。
「……お元気そうで」
マオは、少しだけ考えてから答えた。
「忙しい」
それで十分だった。
門が閉まり、園内にいつもの騒がしさが戻る。
魔王の過去は、確実にこちらへ歩いてきている。
だが、それでも。
マオは園庭を見る。
子どもたちが走り、転び、笑っている。
「……来るなら来い」
今の自分には、守る理由がある。




