魔王の決断
翌朝。
保育園の門を開けると、少しだけ空気が軽かった。
昨日、熱を出した園児は無事に回復し、今日は休みだという連絡が入っている。
それだけで、胸の奥に引っかかっていたものが、すっと下りた。
園児たちは、いつも通り元気に登園してくる。
「えんちょー!」
「きのうね、はやくねた!」
次々と声をかけられ、マオは自然と頷いていた。
朝の会が終わり、園庭で遊ぶ時間。
ブランコが揺れ、砂場では山が崩れ、滑り台では順番争いが起きる。
いつもの光景だ。
マオは少し離れた場所から、それを見ていた。
止めるでもなく、放置するでもなく、ただ見守る。
ふと、先生の一人が隣に来る。
「園長、最近……変わりましたね」
「そうか」
即答だった。
「前より、こう……柔らかくなったというか」
マオはしばらく考え、空を見上げる。
「変わったのではない」
風が、木々を揺らす。
「役割を、受け入れただけだ」
先生は一瞬きょとんとし、それから笑った。
昼前、園児の一人が転んだ。
泣きそうになり、唇を噛む。
マオはすぐに近づき、手を差し出す。
「立てるか」
園児は頷き、自分の力で立ち上がった。
「……いたい」
「だが、歩けている」
その言葉に、園児は少し誇らしげになる。
その様子を見ながら、マオは思う。
昔なら、弱さは排除すべきものだった。
今は、弱さを抱えたまま進む姿を、尊いと感じる。
夕方。
園児たちが帰り、静かになった園舎を歩く。
廊下、保育室、保健室。
すべてを確認し、最後に園庭に出た。
遊具は静かで、夕焼けに染まっている。
「……我は、魔王だ」
誰もいない場所で、そう呟く。
だが、続けて言葉が出た。
「そして、園長だ」
どちらかを捨てる必要はない。
ここにいる限り、この役目を果たす。
マオは門を閉め、鍵をかける。
明日も、子どもたちは笑い、泣き、騒ぐだろう。
そのすべてを受け止める覚悟は、もうある。
魔王は、今日も世界を滅ぼさなかった。
代わりに、小さな日常を選んだ。
それでいい。
それがいい。




