保育参観
その日は朝から、園の空気が違っていた。
園児たちはどこか落ち着かず、何度も玄関の方を気にしている。
先生たちも、声のトーンが少しだけよそ行きだ。
理由は分かっている。
保育参観。
保護者が園に来て、普段の様子を見る日。
「……監視か」
マオは小さく呟いた。
「違います」
先生が即座に訂正する。
「見学です」
だが、魔王にとっては似たようなものだった。
時間になると、保護者たちが静かに園内へ入ってくる。
園児たちは途端に張り切り始めた。
「みて!ぼく、ちゃんとすわってる!」
「ママ、えんちょーいるよ!」
マオは壁際に立ち、全体を見渡す。
普段と同じようにしているつもりだが、視線の数が多い。
朝の会。
歌。
制作活動。
園児が紙を落とせば拾い、喧嘩になりそうなら間に入る。
いつも通りだ。
だが、背中に刺さる視線が気になる。
制作の時間、ある園児が手を止めた。
「……できない」
周囲がざわつく。
保護者の視線が、その子に集まる。
マオは、ゆっくり近づいた。
「どこまで、やった」
園児は、折り紙を少しだけ持ち上げる。
「ここ」
マオは頷いた。
「それで十分だ」
「でも……」
「続きをやるか、やらないかは選べる」
そう言うと、園児は少し考え、もう一度折り紙に向き合った。
完璧ではない。
だが、自分で決めた。
それを見ていた保護者の一人が、そっと息を吐いた。
昼前。
参観が終わり、保護者たちは帰っていく。
「ありがとうございました」
その声に混じって、聞こえた。
「園長先生、子どもをよく見てますね」
マオは、一瞬言葉に詰まる。
「……見ているだけだ」
そう答えると、相手は微笑んだ。
それでいい、というように。
午後、園が静かになる。
マオは職員室で椅子に座り、背もたれに体を預けた。
「……疲れた」
素直な本音だった。
だが、悪くはない。
見られていたのは、魔王ではなく、園長だった。
それに気づいたとき、胸の奥が少し軽くなった。




