祭りのあと
夏祭りの片付けがすべて終わったころ、園庭には静けさが戻っていた。
さっきまであれほど賑やかだった場所とは思えないほど、風の音がはっきり聞こえる。
提灯は外され、屋台は倉庫に運び込まれ、地面には誰かが落としたであろう金魚すくいの紙が一枚だけ残っている。
マオはそれを拾い、軽く土を払ってからゴミ袋に入れた。
「……終わったな」
誰に向けるでもなく、ぽつりと呟く。
身体は正直で、足の裏にじんわりと疲労が残っていた。
職員室に戻ると、先生たちがそれぞれ椅子に座り、ほっと息をついている。
誰かが持ってきた差し入れの麦茶が机の上に並び、紙コップが配られた。
「園長、お疲れさまでした」
「ほんと、大成功でしたね」
そう言われて、マオは少しだけ視線を逸らす。
成功、という言葉にはまだ慣れない。
「事故がなかった。それで十分だ」
そう返すと、先生たちは顔を見合わせて笑った。
その反応に、マオは小さく眉を寄せるが、深くは突っ込まない。
しばらく雑談をしてから、職員たちは順番に帰っていった。
最後に玄関の鍵を閉める音が響き、園内にはマオひとりが残る。
電気を落とし、園庭に出る。
夜風が汗を冷やし、少しだけ心地いい。
ベンチに腰を下ろし、空を見上げる。
星は多くないが、それでも確かに光っていた。
魔王だったころ、夜空を見上げることなどほとんどなかった。
戦場では星は邪魔で、城では天井に遮られていた。
「……妙なものだ」
人間の子どもたちのために走り回り、転びそうな足を支え、泣きそうな顔を慰める。
それが、世界を滅ぼそうとしていた存在の日常になるとは。
マオは自分の手を見る。
強大な力を宿しているはずの手だが、今日はヨーヨーの紐を直し、提灯を結び直しただけだった。
それでいい、と心のどこかで思っている自分に気づく。
遠くで、虫の声が鳴く。
夏は、まだ終わらない。
マオは立ち上がり、園舎を振り返った。
暗い建物の中には、明日また子どもたちの声が響く。
「……明日も、忙しくなるな」
そう呟いて、鍵の確認をもう一度してから、園を後にした。
夜道を歩きながら、胸の奥に残るのは疲労ではなく、静かな充足感だった。
魔王は今日も、世界を壊さなかった。
代わりに、小さな日常を守った。




