夜の準備とうっかり
夏祭り準備は昼だけでは終わらなかった。
園児たちが帰ったあとも、ゆるふわ保育園では静かに作業が続いている。
園庭には提灯が吊るされ、テーブルの上には屋台用の道具が並んでいた。
夕暮れから夜へと変わる空の色に、園内は少しだけ非日常の雰囲気を帯びていく。
「暗くなると、やっぱり確認しやすいですね」
サクラ先生が提灯を見上げながら言う。
「うむ。光の配置は重要だ」
マオは真剣な顔で頷き、提灯の位置を一つひとつ確認していた。
問題は、その“真剣さ”だった。
魔王としての感覚が、うっかり出てしまったのだ。
「……もう少し、こう……幻想的に……」
そう呟いた瞬間、指先からほんのわずか魔力が漏れる。
次の瞬間、提灯がふわりと浮き上がり、やさしい光を放ちながら宙に並び始めた。
「……あ」
遅かった。
提灯は空中でゆらゆら揺れ、まるで本物の夜祭りのような光景を作り出してしまう。
あまりにも綺麗で、サクラ先生は一瞬言葉を失った。
「……園長……浮いてます……」
「……うむ。浮いているな」
慌てて魔力を抑えようとするが、今度は別の提灯がくるくる回り始める。
さらに、紙飾りが風もないのに舞い上がり、園庭は一気に幻想空間になった。
そのとき。
「なにこれー!」
園の外から声がした。
近所の子どもたちが、フェンス越しに中をのぞいていたのだ。
「お祭り?まだ?」
「光ってるよ!」
マオの背中に冷や汗が流れる。
これはまずい。説明がつかない。
「……落ち着け……」
マオは深呼吸し、魔力を一気に解除する。
提灯はすとん、と元の位置に戻り、紙飾りも地面に落ちた。
一瞬の沈黙。
そして。
「今の、夢?」
「気のせいかな?」
子どもたちは首をかしげながら帰っていった。
マオはその場にしゃがみ込み、額を押さえる。
「……やってしまった……」
サクラ先生は少し笑いながら、そっと声をかける。
「でも……すごく、きれいでしたよ」
その言葉に、マオは少しだけ顔を上げる。
「……本番では、使わぬ。たぶん」
「たぶん、ですか」
二人は顔を見合わせ、静かに笑った。
夜の園庭には、提灯のやさしい光だけが残る。
騒がしく、忙しく、うっかりも多いが、準備は確実に進んでいた。
「……明日は、最終確認だな」
魔王はそう呟き、夜空を見上げる。
夏祭り本番は、もうすぐそこまで来ていた。




