episode9 レイ、慎重に動け
「カバァアアアア!!」
悲鳴を上げるレイの前に、池の向こうからスタスタと歩いてくる人物がいた。水面をバックに、風になびく水色の髪。整った顔立ちに鋭い眼差し。戦闘の気配を感じさせながらも、どこか冷静で理知的な雰囲気をまとう――まさにクールビューティーな女性冒険者だった。
「あなた大丈夫!? 服が……焦げてるじゃない!」
女性は小走りでレイの元に駆け寄ると、ボロボロになった衣装に驚きの声を上げた。
「ちょっと待って! 違うの!! 私、その子……殺す気なかったのにぃぃ!!」
レイは目を潤ませながら、池の方を指さす。
――そこには、矢に貫かれて動かなくなった、丸っこいカバの姿。
「……え?」
水色の髪の女性は、ぽかーんと口を開けて固まった。まるで「効果音:ポカーン」が聞こえそうなほど、完璧な唖然フェイスだった。
だが、レイはすぐに冷静さを取り戻す。
(……そうよ、冷静に考えて……あれ、魔物だったわ。倒されても当然だったんだわ)
「えっと……あー、ごめんなさい! 助けてくれてありがとう!(ま、あのカバちゃん、また探して“お金製造マシーン”として働いてもらおう♡)」
脳内でこっそり黒笑いを浮かべながら、レイは礼を述べた。
「私はセナ=バルメリア。B級冒険者よ」
女性が名乗る。
「おぉぉ……B級……それってすごいの?」
素直な疑問を口にするレイに、セナは少しだけ表情を緩めて説明を始めた。
「冒険者にはG級から始まって、F、E……とランクが上がっていくの。一番上はS級。国に2、3人いるかいないかってレベルね」
「え、めっちゃレアじゃんそれ……」
ゲーム脳全開で感心するレイ。
そしてセナは少し顔を曇らせて続ける。
「……今回、あなたを助けに来たのは、ギルドの依頼。あの受付嬢が気づかずに、あなたに“銀貨10枚相当”の高難度依頼を渡してしまったのよ」
「……えっ」
レイはポケットからくしゃっとなった依頼書を取り出し、改めて見返した。
《報酬:銀貨10枚》
「……え~~!あぶな~~!」
なんとなくの流れで依頼を受けて、勢いで突っ込んできた結果だった。驚くよりも、「やっぱりね〜」という顔になるレイ。
「ちなみにさっきの魔物、バブルヒポポスって言ってね。皮膚は異常に硬くて、普通の剣じゃ刃も立たないの。しかも泡だけじゃなく、体液も毒性があるわ。池の水自体がもう毒沼みたいなものよ」
「え……まって」
レイはさっき、池の水で口をすすごうとしていたのを思い出し、ぶるっと肩を震わせる。
「の、飲まなくてよかったぁあああ……!!!」
腰を抜かしかけながら崩れ落ちるレイを、セナはやや呆れ気味に見つめた。
ひと通りの説明を終えたセナは、小さくため息をついて言った。
「とりあえず、ギルドに戻りましょう。あなた、登録もまだ途中でしょう?」
「は、はい……お願いしますぅ……」
こうして、レイは強くて美しい救世主セナとともに、再び街へと戻ることとなったのだった。