episode8 レイ、慎重になれ
「カバァアアアアアア!!!!」
レイの悲鳴が森に響き渡った。
池には、額を矢で貫かれたバブルヒポポスがぷかりと浮かんでいる。
「うぅ……私の金づるがぁ……。」
一時間で45,500G。
これからも大量の泡を売って、ガチャを引きまくるはずだったのに。
レイが涙目でうなだれていると――。
――ゴボッ、ゴボゴボッ!!
「……ん?」
池の水面が大きく波打った。
水中から二つの巨大な影が浮かび上がり――。
――ザバァァン!!
「グオオオオッ!!」
「グルルルルッ!!」
二体のバブルヒポポスが現れた。
「……えっ!? 二体!?」
レイは目を丸くした。
一体で45,500G。
二体なら、その倍。
ということは――。
「やったぁ!!効率が2倍アップ!!」
レイは両手を突き上げた。
「うっひょぉぉ!! 金づる復活ぅぅ!!」
しかし、その喜びも束の間。
「あなた!! そこから離れなさい!!」
背後から鋭い声が飛んできた。
振り返ると、そこには水色の髪をなびかせた女性冒険者が立っていた。
整った顔立ちに鋭い眼差し。手には一本の弓。
まさにクールビューティーという言葉が似合う女性だった。
「二体もいるなんて……厄介ね。」
女性は素早く矢をつがえた。
――シュンッ!!
「ちょ!?!?やめてぇぇぇぇ!!!」
レイの悲鳴もむなしく、矢がバブルヒポポスへ飛んでいく。
――ガキンッ!!
しかし、矢は分厚い皮膚に弾かれた。
「……やっぱり硬いわね。」
二体のカバが同時に口を開く。
――ボボボボッ!!
一体が青い泡を吐き、もう一体が黄色い泡を飛ばしてきた。
――ベチャッ!!
地面に広がった青い液体へ黄色い泡が触れる。
――バチバチバチッ!!
「ひぃぃぃ!?!?」
激しい電撃が周囲を駆け抜け、近くの木が黒く焦げた。
女性は素早く横へ跳んだが、青い液体がブーツに絡みつく。
「……っ! しまった!」
そこへ黄色い泡が迫る。
――バチィッ!!
「くっ……!」
女性は地面を蹴って木の枝へ飛び移り、間一髪で電撃をかわした。
(……二体で連携してくるなんて。厄介な相手ね。)
女性は枝の上から弓を構え直した。
「でも……弱点はある!」
一体が大きな口を開いた瞬間――。
――シュンッ!!
青白く光る矢が、口の奥へ突き刺さった。
「グオオッ!?」
さらにもう一本。
――ドスッ!!
「グ……オ……。」
――ザバァァン!!
一体目が池へ沈んだ。
「あぁぁぁ!! 700Gがぁぁ!!」
レイが頭を抱える。
残されたもう一体は怒り狂い、巨大な体で岸へ突進してきた。
「グオオオオッ!!」
「……っ!」
女性は咄嗟に身をかわす。
――ドォンッ!!
カバが大木に激突し、幹が大きく揺れた。
その隙を女性は見逃さなかった。
「……そこよ!」
弓に青白い光が集まる。
「や、やめてぇぇ!! その子も私の大事な金づるなのぉぉ!!」
――シュンッッ!!
矢がカバの開いた口を貫いた。
「グ……オ……。」
――ドザァァン!!
二体目も、池へ沈んでいった。
「…………。」
静まり返った水面を、レイは呆然と見つめた。
「あっ…また金づるが失ってく...。」
ぽろりと涙がこぼれる。
(……二体もいたのに……。)
効率二倍。
夢の10万G生活。
それが、目の前で消えてしまった。
「う……うぅ……。」
「……ふぅ。なんとかなったわね。」
女性は弓を下ろし、額の汗を拭った。
そして、地面にへたり込んでいるレイへ駆け寄る。
「あなた、大丈夫!? 服が……焦げてるじゃない!」
「…………。」
「怪我はない!? 立てる?」
「……お金……。」
「……え?」
レイは涙を浮かべたまま、池を指さした。
「私の……私の金づるがぁぁぁぁ!!」
「……は?」
「せっかく二体も増えたのにぃぃ!! これからもっと稼げるはずだったのにぃぃ!!」
レイはその場に崩れ落ちた。
「お金がぁぁぁぁ!! 私のガチャ資金がぁぁぁぁ!!」
「……えっと。」
女性はぽかんと口を開いた。
危険な魔物を討伐し、目の前の少女を助けた。
そのはずなのに、少女はなぜか魔物の死を嘆いている。
しかも、金づるだのガチャ資金だの、意味の分からないことまで叫んでいる。
(……この子、大丈夫かしら?)
「……と、とりあえず落ち着いて。」
「落ち着けるわけないでしょぉぉ!!」
「!?」
突然の大声に、女性が思わず肩を跳ねさせた。
「一個700Gなのよ!? 700G!! あの子たちがいれば、一生ガチャに困らなかったのにぃぃ!!」
「……何の話?」
女性は完全に困惑していた。
だが、レイにはそんなことを気にする余裕すらない。
(……うぅ……どこかに他のカバちゃんいないかなぁ……。)
すでに次の金づるを探し始めているあたり、反省の色はまったくなかった。
女性は小さくため息をついた。
「……私はセナ=バルメリア。B級冒険者よ。」
「……びーきゅう……?」
レイは涙を拭いながら顔を上げた。
「……それってすごいの?」
「冒険者はG級から始まって、F、E……とランクが上がっていくの。一番上はS級。国に二、三人いるかいないかってレベルね。」
「……へぇ。めっちゃレアじゃん……。」
普段なら目を輝かせていただろう。
だが、今のレイの頭の中は700Gでいっぱいだった。
セナは困ったように眉を下げる。
「……今回、あなたの救援に来たのは、ギルドから依頼されたからよ。」
「……え?」
「あの受付嬢が確認を間違えて、あなたに銀貨十枚相当の高難度依頼を渡してしまったの。」
「……えっ。」
レイはポケットから、くしゃくしゃになった依頼書を取り出した。
《報酬:銀貨10枚》
「……えぇぇぇぇ!? あぶなぁぁ!!」
思わず驚いたものの、レイの視線はすぐ池へと戻った。
(……でも、危険な魔物ってことは……。)
(……やっぱり泡が高く売れるのも納得だなぁ……。)
――懲りていない。
「ちなみに、さっきの魔物はバブルヒポポスって言ってね。皮膚が異常に硬くて、普通の剣じゃまともに傷もつけられないの。」
「……うん。」
「青い泡は粘着性、黄色い泡は電撃。二体以上だと連携して攻撃してくることもあるわ。」
「……へぇ。」
(……二体で連携……収入も二倍……。)
レイの中では、危険度よりも収益性の方が重要だった。
「それに、体液にも強い毒性があるの。あの池の水なんて、飲んだら命はないわよ。」
「……え?」
レイの顔が固まった。
(……池の水?)
そういえば、ここへ来たとき。
薬草の苦味をどうにかしたくて、池の水で口をゆすごうとしていた。
「…………。」
顔から血の気が引いていく。
「……の、飲んでたら……?」
「死んでたでしょうね。」
「…………。」
そして――。
「の、飲まなくてよかったぁあああああ!!!!」
レイはその場にへたり込んだ。
「……あなた、本当に何してたの……。」
セナは呆れたようにため息をついた。
「とりあえず、ギルドへ戻りましょう。あなた、登録もまだ途中でしょう?」
「……は、はい……。」
レイはよろよろと立ち上がった。
そして、名残惜しそうに池を振り返る。
「……カバちゃん……。」
もう一度、涙がこぼれそうになる。
(……私の700G……。)
「……ほら、行くわよ。」
「うぅ……。」
こうしてレイは、B級冒険者セナとともに街へ戻ることとなった。
だが、その頭の中にあったのは、命を救われた感謝でも、危険な依頼への反省でもない。
(……絶対、またカバちゃん見つけてやるんだからぁぁ……!!)
――失った金づるへの、執念だった。
――――――【 レイ 】――――――
所持金:46,035G(±0G)
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