episode3 零、スキルチートに気付く
――知らない天井だった。
「……ん?」
見慣れない木製の天井。少し古びた壁に、窓から差し込む柔らかな日差し。
零はぼんやりと天井を見つめていた。
(……あれ? 私、何してたんだっけ……。)
しばらく考えていると、突然記憶が蘇ってきた。
(……あっ!! そうだ!! MP!!)
「うわぁぁぁ!? 私、生きてる!?」
勢いよく体を起こそうとした。
――が。
「……うっ。」
頭がくらくらする。
体も妙に重く、思うように力が入らなかった。
「……なにこれ。二日酔い……?」
酒なんて飲んでいない。
そもそも異世界に来てから、まだ一滴も飲んでいない。
(そうだ……私、MP使い切って倒れたんだった……。)
零は額に手を当てた。
「……いや、MPゼロで気絶するとか聞いてないんだけど……。」
ゲームなら、MPがなくなっても魔法が使えなくなるだけ。
まさか現実の体まで動かなくなるとは思わなかった。
「……異世界って、意外と現実的なんだなぁ……。」
そんなことを呟いていると――。
ガチャッ。
「……あら! 目が覚めたのね!」
部屋の扉が開き、ふくよかな女性が入ってきた。
エプロン姿で、手には温かそうなスープの乗ったお盆を持っている。
「よかったわぁ……道の真ん中で倒れてたから、びっくりしたのよ!」
「……えっ? あ、私……。」
「うちの宿に運んでおいたの。具合はどう?」
「あ、ありがとうございます!! えっと……なんとか生きてます……。」
零は慌てて頭を下げた。
(うわぁ……めっちゃ優しい人……。)
異世界に来て早々、知らない人に助けてもらうことになるとは。
しかも、原因は自分のMP管理ミスである。
「ふふっ、無理しちゃだめよ? まだ顔色が悪いんだから。」
「は、はい……。」
「とりあえずスープを置いておくわね。お腹が空いたら食べてちょうだい。」
「ありがとうございます……!」
女性は優しく微笑むと、部屋を出ていった。
――パタン。
扉が閉まったのを確認すると、零はすぐさまステータスを開いた。
「『ステータスオープン』!」
――【金雀涙 零】――
職業:課金者
能力:『売却』『ガチャ』『鑑定』『微風』
所持金:105G
状態:魔力不足
MP:5/30
――――――――――――――――――――
「……おぉ?」
零はMPの表示を二度見した。
「5……? あれ、回復してる?」
倒れる直前は、確かに0だったはずだ。
(もしかして……時間経過で自然回復する感じ?)
「なるほどねぇ……。ってことは、寝てれば回復するのか!」
何ともゲームらしい仕組みだ。
ただし、一つだけ重大な違いがある。
「……MPゼロになると気絶するのは聞いてないけどね!!」
零は思わず枕を叩いた。
しかし、すぐに考え直す。
(まぁ……死ななかっただけマシか。)
これからは、MPの残量に気をつけなければならない。
そう心に決めた。
……たぶん。
ふと、ベッドの脇に置かれたスープが目に入った。
「……あ、おいしそう。」
温かい湯気が立ち上っている。
零は器を両手で持ち、ふうふうと息を吹きかけてから一口飲んだ。
「……ん。」
ほんのり塩味の効いた野菜スープ。
派手な味ではないが、妙に落ち着く。
「……おいしい。」
空っぽだった胃に温かさが広がっていく。
(……なんか、こういうの久しぶりかも。)
現代では、仕事から帰ればゲームを起動して、食事は適当なゼリーで済ませていた。
まともに温かい料理を食べたのは、いつ以来だろう。
「……異世界も、悪いことばっかじゃないのかもね。」
そう呟きながら、零は残りのスープを飲み干した。
――しばらくして。
体のだるさが少し落ち着いた零は、ゆっくりとベッドから立ち上がった。
「よし……とりあえず、お礼言いに行こ。」
部屋を出て階段を降りると、宿のロビーに先ほどの女性がいた。
「あら、もう歩けるの?」
「はい! さっきのスープもすっごくおいしかったです! ありがとうございました!」
「ふふふ、ならよかったわ。」
女性は嬉しそうに笑った。
(うぅ……この人、マジで女神なんじゃ……。)
零は心の中で手を合わせた。
だが、次の瞬間。
「そういえば、あなたはどこの国から来たの?」
「……え。」
零の笑顔が固まった。
(……あっ、やば。)
当然の質問だった。
見慣れない服装に、荷物も何も持っていない少女。
どう考えても怪しい。
(異世界から転生してきました~! なんて言えるわけないし……。)
零は必死に頭を回転させた。
「え、えっと……その……。」
「ん?」
「……すっごく遠いところから……?」
疑問形になってしまった。
女性は不思議そうに首を傾げる。
(やばいやばい!! なんかうまい言い訳を――)
そのときだった。
――ガシャァァァン!!
「ひゃあっ!?」
突然、宿の窓ガラスが派手に砕け散った。
床にガラスの破片が飛び散る。
「な、なに!?」
零が振り返ると、割れた窓から一人の男が飛び込んできた。
顔を布で隠し、手にはナイフ。
見るからに怪しい。
「動くなぁ!! 金目の物を全部出せ!!」
「ひぃっ!?」
突然の出来事に零は固まった。
(……え? 盗賊!? え、これイベント!?)
男はナイフをちらつかせながら、ゆっくりと近づいてくる。
「おい!! 聞こえねぇのか!! 金を出せっつってんだよ!!」
「ちょ、ちょっと待ってください! お客さんに乱暴しないで!」
おかみさんが零をかばうように前へ出た。
「うるせぇ!! 邪魔すんな!!」
――バキッ!!
「ぐふっ!?」
盗賊の拳がおかみさんを直撃した。
女性は後ろの棚へと吹き飛ばされる。
「おばさぁぁぁん!!」
零は思わず叫んだ。
(ちょ、待って!! この人、私を助けてくれた人なのに!!)
胸の奥がカッと熱くなる。
だが、盗賊はそんなことなど気にしていない。
「……ん?」
男の視線が零へと向いた。
「お前……なんだその服?」
「……へ?」
零は自分の服を見下ろした。
現代から着てきたスーツ。
異世界では、かなり珍しい服装らしい。
「へぇ……ずいぶん上等そうな服じゃねぇか。」
盗賊がいやらしい笑みを浮かべた。
「もしかして貴族のお嬢様か? なら身代金でも――」
「ち、違います!! 私、ただの一般人です!!」
「うるせぇ!!」
男はナイフを振り上げた。
「ひぃぃぃ!?」
零は慌てて後ずさる。
だが、背中が壁にぶつかった。
(やばいやばいやばい!! 逃げ場ないじゃん!!)
迫ってくる盗賊。
手に握られたナイフが、不気味に光っていた。
(……ナイフ。)
その瞬間、零の頭に一つの考えが浮かんだ。
(……待てよ?)
昨日、草も石も看板も、全部売却できた。
しかも触らなくても売れた。
(……だったら、あのナイフも……?)
「……『売却』!!」
零はナイフに向かって右手を突き出した。
――ピコン!
【ナイフを売却しました】
【所持金:+300G】
パァッ!
盗賊の手に握られていたナイフが、一瞬で光になって消えた。
「……は?」
男は空っぽになった手を見つめた。
「……あれ?」
零も目を丸くした。
「……えっ、売れた!?」
「お、おい!! 俺のナイフどこやった!?」
「え、えっと……売りました……?」
「はぁぁぁ!?」
盗賊の叫び声が宿に響いた。
だが、零の頭の中では別のことが起きていた。
(……待って。)
(他人の物も……売れるの!?)
零はゆっくりと盗賊を見つめた。
そして――。
「……ふふっ。」
口元が緩んだ。
「な、なんだよ……その顔……。」
盗賊が一歩後ずさる。
零は男の肩に掛けられた麻袋へと視線を向けた。
(あれ……なんかいっぱい入ってそう……。)
「……『売却』!」
ピコン!
【怪しい麻袋を売却しました】
【所持金:+1,500G】
パァッ!
「……あ。」
男の肩から麻袋が消えた。
「……あ?」
盗賊は自分の肩を見つめた。
そして、数秒後。
「うわぁぁぁぁ!? 俺の財宝がぁぁぁ!!」
「うわっ! せんごひゃく!? めっちゃ高っ!!」
零は思わずガッツポーズをした。
(やっば!! 盗賊って金持ちじゃん!!)
……考え方が完全に金の亡者である。
「て、てめぇ!! 何しやがった!!」
男は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「返せ!! 俺の金返せぇ!!」
「いやいや! 盗んだお金でしょ!? それ!!」
「うるせぇぇ!!」
盗賊は拳を振り上げ、零へと突進した。
「ひゃあっ!?」
零は慌てて右手を向けた。
「『売却』!!」
ピコン!
【ボロジャケットを売却しました】
【所持金:+50G】
パァッ!
男のジャケットが消えた。
「……は?」
上半身が急に涼しくなり、盗賊は思わず足を止めた。
「お、おい!! 今度は服かよ!!」
「ふふふ……まだまだあるよねぇ……?」
「……は?」
零の視線が、ゆっくりと下へ向いた。
盗賊のズボン。
「……ま、待てよ。」
「『売却』!」
ピコン!
【ボロズボンを売却しました】
【所持金:+30G】
パァッ!
「ぎゃあああああ!!?」
ズボンが消えた。
盗賊はパンツ一丁になり、慌てて股間を隠した。
「な、な、何しやがるんだてめぇぇぇ!!」
「……ふふっ。」
零は満面の笑みを浮かべた。
「ねぇ……。」
「……な、なんだよ……。」
「次は、そのパンツ……売っちゃおっかなぁ~?」
「……っ!?」
盗賊の顔から血の気が引いた。
「ま、待て!! それだけは!!」
「えぇ~? どうしよっかなぁ~?」
零はわざとらしく首を傾げた。
そして右手をゆっくりと持ち上げる。
「『売きゃ――』」
「ひぃぃぃぃ!! やめてくれぇぇぇ!!」
盗賊は情けない悲鳴を上げ、割れた窓から逃げ出していった。
「……あ。」
零はぽかんとその背中を見送った。
パンツ一丁の男が、全速力で町を駆け抜けていく。
「……逃げた。」
しばらくして、零は小さく拳を握った。
「……よっしゃぁぁ!! 勝ったぁぁ!!」
異世界に来て初めての戦闘。
武器も防具もない状態だったが、なんとか乗り切ることができた。
しかも――。
(……お金も増えたぁぁ!!)
零はステータスを確認する。
――【金雀涙 零】――
所持金:1,985G(+1,880G)
MP:1/30
――――――――――――――――――――
「……うわっ! 1,985G!!」
たった四回の売却で、これだけ稼げた。
昨日、草や石を必死に売っていたのが馬鹿らしくなる。
(……これ、普通にチートじゃない!?)
零の目が輝いた。
「ふふふ……やばい……異世界生活、勝ち確かも……!」
だが――。
「……うっ。」
突然、足元がふらついた。
「……あ。」
ステータスには、MP:1/30。
「……やっば。」
零の笑顔が引きつった。
(あと一回売ってたら……また気絶してたじゃん……。)
昨日、MP0になって倒れたことを思い出す。
「……あぶなぁぁ……。」
思わず壁に手をついた。
(……ていうか、パンツ売らなくてよかった……。)
売っていたら、盗賊だけでなく自分まで倒れるところだった。
「……ふぅ。」
零は大きく息を吐いた。
すると――。
「……あの。」
「ひゃいっ!?」
突然声をかけられ、零は飛び上がった。
振り返ると、そこにはおかみさんが立っていた。
先ほど殴られたばかりだというのに、心配そうな顔で零を見つめている。
「あなた……今の、何だったの……?」
「……え?」
「あの人の武器も服も……急に消えちゃって……。」
「あ、あぁ……えっと……。」
零は目を泳がせた。
(……どう説明しよう。)
しばらく悩んだ末、正直に答えることにした。
「……売りました。」
「……売った?」
「はい……その、そういうスキルでして……。」
「…………。」
「…………。」
妙な沈黙が流れた。
おかみさんは零をじっと見つめる。
零も笑顔のまま固まった。
(……やばい。変な人だと思われたかな……。)
だが、おかみさんは突然、ふっと微笑んだ。
「……ごはん、おかわりいる?」
「いるぅぅぅ~~~っ!!」
即答だった。
こうして零は、『売却』というスキルが想像以上に規格外であることを知った。
そして――。
(……もっと稼いで、もっとガチャ引いてやる……!!)
新たな野望を胸に抱きながら、温かいスープのおかわりを楽しむのであった。
――――――【金雀涙 零】――――――
所持金:1,985G(+1,880G)
MP:1/30
――――――――――――――――――――――――――――




