episode2 零のスキル
「推し……助けて推し……。」
突然異世界に飛ばされた零は、町のど真ん中で膝を抱えていた。
スマホもない。財布もない。もちろん、現代で遊んでいたゲームのデータもない。
(私の完凸した推し……29万円……いや、累計1億円……。)
「うぅ……私の人生そのものがぁ……。」
今まで費やした時間とお金が、すべて遠い世界に置き去りにされた。
……が。
「……まぁいっか! 異世界転生できたし!」
立ち直りが早い。
零は勢いよく立ち上がると、目を輝かせた。
「そうだ! 私にも『ガチャ』があるじゃん!!」
神から授かったスキル。その中には、まさに零のために用意されたような能力があった。
「えぇっと……唱えればいいのかな? 『ガチャ』!」
ピコン!
目の前に半透明の画面が現れた。
そこには、見慣れたゲームのようなメニューが並んでいた。
【能力ガチャ:5,000G】
【武器ガチャ:1,000G】
【食べ物ガチャ】
【衣料品ガチャ】
「うわぁぁ!! すごっ!! 本当にガチャじゃん!!」
零のテンションは一気に最高潮。
ついさっきまで推しを失って泣いていた人物とは思えない。
「能力ガチャ5000……武器ガチャ1000……ふむふむ。」
零はステータス画面を開いた。
――【金雀涙 零】――
職業:課金者
能力:『売却』『ガチャ』『鑑定』
所持金:5,000G
MP:30/30
――――――――――――――――――――
「おぉ! ちょうど能力ガチャ引けるじゃん!」
初期資金を全部使ってしまうことになるが、そんなことはどうでもいい。
(初回から最高レア引いちゃったらどうしよう……! いや、私ならいける!!)
「よーし! 異世界初ガチャ!! いっけぇぇええ!!」
迷うことなく能力ガチャをタップした。
ピコン!
目の前に青色の光を放つ宝箱が現れた。
「おぉぉ!? 演出きたぁぁ!!」
零は祈るように両手を合わせた。
(頼む……頼むから強いの来て……! 魔法とか! 最強スキルとか!!)
――パカッ!
【新スキル獲得!】
【スキル名:微風(レベル1)】
【効果:指先から弱い風を発生させる】
【消費MP:0】
「……ん?」
零は画面をじっと見つめた。
「微風……? 風魔法ってこと!?」
名前だけなら悪くない。
もしかしたら小さな竜巻を起こせたり、風の刃で敵を切り裂いたりできるのかもしれない。
「よし……早速試してみよう!」
零は右手を前に突き出した。
「くらえ!! 『微風』!!」
――ふわっ。
指先から、かすかな風が吹いた。
「…………。」
零はもう一度、指先に意識を集中させた。
「……『微風』!」
――ふわぁ。
「…………え?」
今度は顔の近くで試してみる。
前髪が、ほんの少し揺れた。
「……弱っ。」
扇風機の弱風の方が、まだ仕事をするレベルだった。
「ちょっと待って!? 5,000Gだよ!? 5,000G払ってこれ!?」
慌ててスキルの説明を確認する。
【微風(レベル1)】
・指先から微弱な風を発生させる。
・攻撃能力はほぼありません。
・消費MP:0
「MP消費ゼロ……って、そりゃそうでしょ!! こんなので魔力取られたら詐欺だわ!!」
零は頭を抱えた。
「うわぁぁぁぁ!! ゴミスキルぅぅぅ!! 5,000G返せぇぇぇ!!」
町の人々が何事かと振り返る。
だが、零は気にしない。
(いや……でも、本当に魔法が使えたんだよね……。)
指先に意識を集中させると、また小さな風が吹く。
「……おぉ。」
――ふわっ。
「……ふふっ。」
――ふわふわっ。
「……へへへ。私、魔法使えてる……!」
ゴミみたいな性能ではあるが、本物の魔法だ。
現代では絶対にできなかったことが、今ならできる。
「……って、感動してる場合じゃない!!」
零は再びステータスを開いた。
【所持金:0G】
「……あ。」
全財産をガチャに突っ込んでしまった。
「やっば……お金なくなった……。」
異世界に来て早々、無一文。
しかも手に入れたのは、指先からそよ風を出すだけの能力。
「……まぁ、いつものことか。」
反省はしていない。
零はステータスに表示された別のスキルに目を向けた。
「そうだ! 『売却』があるじゃん!!」
神の説明によれば、異世界の物をその場でお金に変えられるらしい。
(つまり……課金資金を自分で稼げるってこと!?)
「よっしゃぁ!! 金策の時間だぁぁ!!」
早速、足元に生えていた雑草を一本引き抜いた。
「『売却』!」
ピコン!
【雑草を売却しました】
【所持金:+1G】
「おぉぉ!! 売れた!!」
手に持っていた草が光になって消えていた。
「すごっ! 現代だったら絶対売れないのに!!」
今度は近くに落ちていた石を拾う。
「『売却』!」
【石を売却しました】
【所持金:+2G】
「おっ! 草より高い!」
さらに、道端に落ちていた釘を見つけた。
「これもいけるかな……『売却』!」
【釘を売却しました】
【所持金:+5G】
「うわぁ!! ゴミがお金になってる!!」
零は目を輝かせながら辺りを見渡した。
(これ……もしかして最強の金策スキルじゃない!?)
草一本が1G。石なら2G。釘は5G。
小さい金額ではあるが、何より元手がかからない。
「ふふふ……落ちてる物、全部お金に見えてきた……!」
零は道端をうろうろしながら、目についた物を次々と売却し始めた。
「『売却』! 『売却』! 『売却』!」
ピコン! ピコン! ピコン!
【小石を売却しました:+1G】
【枯れ枝を売却しました:+2G】
【空き瓶を売却しました:+8G】
「おぉ~! いいねいいね!!」
夢中になって売却を繰り返す零。
そして、ある店の前で足を止めた。
「……ん?」
壁に取り付けられた、大きめの木の板。
何やら文字が書かれているが、零には読めなかった。
(加工されてるし、普通の木より高そう……。)
零はニヤリと笑った。
「よーし……『売却』!」
ピコン!
【看板を売却しました】
【所持金:+65G】
「やったぁ!! 65G!!」
一気に大金を稼いだ気分になり、零は小さくガッツポーズをした。
だが――。
「おい!!」
「……へ?」
背後から怒鳴り声が響いた。
振り返ると、鎧を着た衛兵らしき男性がこちらへ走ってくる。
「お前!! 今ここの看板をどこへやった!!」
「……か、看板?」
零は先ほどまで木の板があった場所を見つめた。
そこには、何もない。
(……あ。)
「え、えっと……ただの板かと思って……。」
「ただの板なわけあるか!! 店の看板だぞ!!」
「……あはは。」
「笑い事じゃない!! 器物損壊だ!!」
「えっ!? ちょ、待って!? 異世界来て初のイベントが牢屋は嫌だぁぁぁぁ!!」
零は全力で走り出した。
「こらぁ!! 待てぇ!!」
「待てって言われて待つ馬鹿がどこにいるのよぉぉ!!」
必死に路地を曲がり、人混みに紛れる。
――数分後。
「はぁ……はぁ……し、死ぬ……。」
なんとか衛兵を撒いた零は、建物の陰に座り込んだ。
日頃の運動不足が響いている。
「うぅ……社畜に全力疾走させないでよ……。」
呼吸を整えながら、ふと考える。
(……そういえば、あの衛兵も売却できたのかな。)
「……いやいや! 人身売買はさすがにまずいでしょ!」
危ない発想だった。
だが、売却できるかどうかは少し気になる。
「……ま、後で試せばいっか。」
懲りていない。
零は立ち上がると、再び辺りを見渡した。
「さて……もっと稼がないと!」
それからも零は、道端の小物を見つけるたびに売却を繰り返した。
小石、枯れ枝、壊れた木片。
売れる物なら何でも売る。
「『売却』! 『売却』!」
ピコン! ピコン!
「ふふふ……異世界って最高じゃん……!」
気づけば、かなりの回数スキルを使っていた。
だが、零が気にしているのは所持金だけだった。
そして――。
「……ん?」
ふと、視界がぐらりと揺れた。
「……あれ?」
足元が少しふらつく。
額に手を当てると、妙な疲労感があった。
(……なんかクラクラするなぁ。)
零は近くの壁に手をついた。
だが、すぐに顔を上げる。
「……まぁ、異世界来たばっかだし! 疲れてるだけでしょ!」
ゲームならMPがなくなっても、スキルが使えなくなるだけ。
体力までなくなるわけではない。
(それに……まだ魔法使えるし!)
「よーし! もうちょっと稼ぐぞぉ!!」
零は再び歩き出した。
このとき、零の残りMPは――5。
しかし本人は、そんなことなど気にもしていなかった。
しばらくすると、道端に落ちている物ばかり売っていても効率が悪いことに気づいた。
「うーん……もっと高い物ないかなぁ……。」
零は腕を組んで考えた。
「……あっ! そうだ!!」
まだ試していないスキルがある。
「『鑑定』!!」
その瞬間、視界にいくつもの文字が浮かび上がった。
「うわぁ!! すごっ!!」
目の前にある物の情報が、ゲームのアイテム説明のように表示されている。
――――〈ただの雑草〉――――
・特に価値はない。ただの邪魔者。
・鑑定額:1G
―――――――――――――――
――――〈煙草の吸い殻〉――――
・じじいが吸った後にポイ捨てしたもの。
・吸った後の唾液が臭い。
・鑑定額:5G
―――――――――――――――
――――〈鳥のフン〉――――
・どこかの鳥が落としていったもの。
・肥料として使える。
・鑑定額:3G
―――――――――――――――
「……ごみばっかじゃん。」
期待外れだった。
「……でも5Gか。」
零は煙草の吸い殻を見つめた。
「……いや、触りたくないなぁ。」
少し悩んだ末、手をかざす。
「『売却』!」
【煙草の吸い殻を売却しました:+5G】
「おっ! 触らなくてもいけるじゃん!」
これは便利だ。
続けて近くの鳥のフンにも手を向けた。
「『売却』!」
【鳥のフンを売却しました:+3G】
「ふふっ……ごみがお金になるって最高……!」
もはや完全に金の亡者である。
そのとき、零の視界に一人の男が入った。
無精髭を生やした、不潔そうな男性。
見た目は四十代くらいだろうか。
「……ん?」
(そういえば、人間にも『鑑定』って使えるのかな。)
気になったら即実行。
「『鑑定』!」
――――〈リオルド(31)〉――――
職業:盗賊
スキル:『窃盗』
―――――――――――――――
「……えっ。」
零は思わず二度見した。
(さんじゅういち!? 老けすぎじゃない!?)
……いや、そこじゃない。
(盗賊!? しかもスキルが窃盗!?)
どう見ても怪しい人物だったが、本当に盗賊だったらしい。
「……うわぁ、関わらないでおこ。」
零はそっと背を向けた。
だが――。
「……待てよ?」
足を止める。
(そういえば……『売却』って人間にも使えるのかな。)
神は異世界の物を売却できると言っていた。
なら、人間はどうなのだろう。
(盗賊だし……売れたらお金にもなるし、犯罪者も減って一石二鳥じゃん!)
とんでもない発想である。
零は周囲を確認すると、男に向かってそっと手をかざした。
「……『売却』!」
ピコン!
【リオルドを売却します】
【売却に失敗しました】
「……あれ?」
もう一度。
「『売却』!」
【売却に失敗しました】
「……んん?」
さらにもう一度。
「『売却』!」
【売却に失敗しました】
「なんでぇぇ!? 人間は対象外なの!?」
どうやら、生きている人間は売却できないらしい。
(ちぇっ……絶対高く売れそうなのに……。)
零は残念そうに肩を落とした。
……ちなみに、失敗した分のMPもしっかり消費されている。
だが、そんなことは知らない。
「……まぁ、仕方ないか。」
零は再び歩き出した。
そして、道端に落ちていた小さな金属片を見つけた。
「おっ、これ売れるかな。」
少しふらつきながら手をかざす。
「『売却』!」
【金属片を売却しました:+4G】
「よしっ!」
――ぐらっ。
「……あれ?」
先ほどよりも強いめまい。
足元がふわふわする。
(……なんか、さっきから変だなぁ。)
だが、零はまだ気づかない。
「……あ、そうか。MP切れそうなのかな。」
ようやく原因に思い当たった。
しかし――。
(まぁ、MPなくなったらスキル使えなくなるだけでしょ!)
ゲームなら当たり前の常識。
零はそれを、この異世界でも当然だと思い込んでいた。
「よーし! 最後まで使い切っちゃお!」
近くに落ちていた小石へと手を向ける。
「『売却』!」
【小石を売却しました:+1G】
ピコン!
その瞬間――。
「……え?」
視界が大きく揺れた。
足から力が抜ける。
「ちょ……待っ……。」
膝が折れ、そのまま地面に倒れ込んだ。
ドサッ!
「……な、なに……これ……。」
起き上がろうとしても、身体が動かない。
まるで全身の力を根こそぎ奪われたようだった。
(……え……? MPがなくなっただけ……じゃ……。)
零は震える意識の中でステータスを開いた。
――【金雀涙 零】――
職業:課金者
能力:『売却』『ガチャ』『鑑定』『微風』
所持金:105G(+105G)
状態:魔力枯渇
MP:"0"/30
――――――――――――――――――――
「……ぜろ……?」
表示された数字を見て、ようやく理解した。
(……嘘でしょ……。)
MPがなくなったら、魔法が使えなくなるだけ。
そう思っていた。
だが、ここはゲームではない。
現実の異世界だ。
(……まさか……MPゼロって……こんな……。)
視界が暗くなっていく。
(……先に……説明……しといてよ……じじい……。)
最後にそんなことを考えながら――。
零の意識は、深い闇へと沈んでいった。




