舞踏会
アンクレットをつける姿をどこか安堵した表情で眺めていたフェイブルが部屋から出て行き、入れ替わるように従兄のキエナとその妹シュレイが現れた。
「良い時間を過ごせたみたいだな」
「まぁ……」
「先に言っておく。お前の配属先は前線、ロレンザだ」
「は?」
キエナの言葉をすぐには飲み込めなかった。
後暗いことをしてでも情報を集め、心が死ぬのを無視しながらやってきた結果がコレなのかと自虐的な笑みが込み上げる。
「ドルセン・ハオスワタ大隊長直々のご指名だ」
「またハオスワタか」
「そう、だな。またハオスワタだ。ただ、これは国王と父上からの極秘任務も兼ねられている」
キエナとシュレイが対面に座り、キエナの口が重々しく開いた。
「ロレンザに向かったらすぐに戦闘に参加して功績を挙げろ。どんなに残忍でも構わない。その後、ピグロッグに潜入して貰う」
「は?」
「カエラも同様の任務に当たる。向こうの侯爵家と話がついているから、全て彼らの話に合わせろ。いいな?」
「……拒否権はないんだな」
少しの間を開けて一言「ない」と言う。
小さく頷いてノミンシナとの婚約をどうするのかと問えば「ロレンザに入れば連絡を取る機会さえないはずだ。放置しておけばあちらから破棄するさ。あと数日だけ我慢してくれ」と吐き捨てる。
それもそうかと納得して顔を上げるとシュレイが何か言いたげにこちらを見ていた。
「どうした?」
「サーヤから聞いたかしら?」
「あぁ、その件か」
「聞いたのなら良かったわ」
言葉少なに応えるシュレイも今日は舞踏会ということもあって着飾っており、髪結いの侍女を演じていたとは思えないほど綺羅びやかだ。
「今夜、ショモナーを排除することにした」
「それは……」
「二人共、黙っていてくれるよな?」
「……わかった。場所は?」
「ショモナー領に入る前にあるノエイン川の分岐地点。あそこは川の流れが速くなる」
「まぁ、敬愛なるご祖父母様と同じ場所で身罷られるだなんて運命的ね」
「確かに運命的だな。では、伯爵夫妻の姿が既に見えないようだが何か知っていることは?」
「さぁ?大方、借金で首が回らなくなって逃げたんじゃないか?今頃、酒好きの盗賊にでも襲われてるかもしれないな」
「……お前は騎士よりも他に向いてるものがありそうだな」
「クロウを変えたのは陛下とお父様でしょう?以前のクロウであれば騎士の模範として立派に務めを果たしたでしょうに。腐りきった騎士の多さを知りながらそれを正す可能性のあった者をここまで後ろ暗い存在にするなんて正気を疑いますわね。失ったものの大きさを知るべきですわ」
歯に衣着せぬ物言いにキエナの目が伏せられ、俺は乾いた笑いを零して話を続ける。
「それで、極秘任務とやらはハオスワタの三男がピグロッグに婿入りするって話か?」
「一体どこまで調べてるんだ」
「さあ?もしかしたらキエナが知らないことも知っているかもしれないな」
「……まあ、それ関係のことだ。どうやらピグロッグにも既に手が伸びているらしい。詳しくは舞踏会のあとにマリウスから聞いてくれ」
「わかった」
話も終わり、シュレイとキエナと共に連れ立って控室に向かう。
入場が開始される直前だったこともあり淑女用の控室に向かう道中で従者に声をかけられノミンシナが紳士用の控室で俺を待っていると伝えられる。
急いで向かえば、そこには俺が居ないことに腹を立てた様子のノミンシナが実弟ハンネルとクルライ・ショモナー、カルデン・ピンジットに宥められているところだった。
ノミンシナは俺を見つけるなり呼びつけ「どこに行っていたの!?婚約者に有るまじき行為だわ!」と憤慨し、俺の隣にいるシュレイの姿を見てお前が原因かと言うように睨み付ける。
庇うように間に入ったキエナが口を開く。
「すまないな、ハオスワタ嬢。私はクロウゼスの従兄でサノス公爵家の嫡男キエナ、こちらは私の妹でシュレイだ。言伝がありクロウゼスをお借りしていた」
丁寧に挨拶するものの家格はキエナの方が高いし、何より王位継承権保有者として当然頭を下げるようなことはしないのだがノミンシナはそれにも怒りを覚えたようだった。
年長者であることを笠に来て謗るノミンシナを制して、彼女の手をとり指先に口付けた。
「怒っている君も愛らしいけれど、どうか今は怒りを収めてくれないだろうか。キエナも国王陛下からの命令故に断れなかったんだ」
「陛下からの……そう、なら仕方ないわね」
国で最も崇高なる存在を出したことで怒りを鎮め、ノミンシナは改めてシュレイに見せつけるように俺の腕に手を回す。
「さぁ、会場に向かいましょう?貴方の配属先は近衛でしょうけれど」
そう言って顎を高く上げ、胸を張り会場へと足を向ける。
その横で再び感情を消した俺は残るフェイブルの温かさに総ての感情を寄せていた。
◇
「シャーレッツオ伯爵家クロウゼス様、ハオスワタ侯爵家ノミンシナ様のご入場です」
コールマンの声に合わせて会場に足を踏み入れる。相も変わらず豪華絢爛な謁見の間だ。
国王陛下に扮したサノス公爵と隣に座る王妃への挨拶を済ませてノミンシナをハオスワタ侯爵家の居る場所にエスコートし、見習いを終えた者たちと共にデビュタントの時と同様、中央に集まった。
隣にはロレンザから戻ってきたカエラの姿がある。
「聞いたか?」
何をとは敢えて言わないカエラに「あぁ」と返せば「お前と一緒なら悪くないな」とニヤリと口を歪ませた。
まずはデビュタントの面々ではなく配属先の変更があった騎士や侍従たちの発表が簡易的にあり、そこにはサンチェスの名前もあった。
続いて侍従見習いたちの本採用が発表され、フェイブルは王子付きの教育官になったらしい。
王子の側近には護衛騎士として新たにサンチェス・ピンジット伯爵子息とラコット・サクリエラ子爵子息、側仕えとしてヨーク、教育官としてフェイブルが選ばれた。
フェイブルとヨークの着任は王子本人からの強い要望があったからだと専らの噂だ。
野生動物と揶揄される王子は思ったより見る目があるのかもしれないが、淑女に自分の色を含んだドレスを贈る非常識さは認められるものではない。それがフェイブル相手なのだから尚更だ。
続く発表の中にアイリーン・ショモナーの名前は無いまま侍従見習いの本採用発表は終わり、ノミンシナとクルライがいたにも拘わらず控室にアイリーンの姿が無かったことを思い出した。
次に騎士の本配属先が発表されていく。
誰もが最初に発表される近衛騎士団の先頭で俺の名が呼ばれると思っているのだろう。
だが、宰相閣下が先頭に挙げたのはパッセだった。どうやらパッセは近衛騎士として兄上の下につくらしい。
多少騒然とする中、ハンネルの名も挙がることなく発表は進み前線部隊に配属される騎士の発表が始まる。
「前線部隊、特殊急襲部隊配属。クロウゼス・シャーレッツオ」
真っ先に俺の名前が挙げられたことに騒めきが一際大きくなり、国王の姿に扮した伯父上が静まるようにと手を上げ、静まった中で口を開いた。
「クロウゼス・シャーレッツオ。ブック・ブリッジ副官を通じドルセン・ハオスワタ大隊長より直々の指名である。私もお前は前線にこそ相応しいと判断した。期待している」
大隊長からの直々の指名も、発表の途中での国王からの拝命も前代未聞だった。
周囲にいる紳士淑女からは「権力に侍るのがお得意のようだ」などと言われているが特段気にすることも無く、恭しく騎士の礼をとる。
特殊急襲部隊は前線の中でも最も功績を残しやすく、最も多くの殉職者が出る部隊でもある。
もし本当に権力に侍るのが得意であるなら配属されるわけのない場所だ。
「拝命仕りました」
一言告げれば伯父上は国王の顔をして満足気に頷き、俺は視線だけをサノス公爵に扮した国王に向けた。
射殺さんばかりの殺意を孕んだ光のない金の瞳に国王は苦笑いで応え、互いに視線を背ける。
次々と発表されていき、補給部隊の末端にハンネルの名前が挙げられて発表の場は幕を閉じ、そして華やかな舞踏会の本番が幕を開けた。
ノミンシナの婚約者として、国王から期待を寄せられる騎士として、あらゆる貴族から挨拶を受けてからノミンシナの装飾品として連れられた先にフェイブルがいた。周囲を見回すと遠い位置に伯爵の姿があり、ノミンシナはわざわざフェイブルがひとりで居るときを狙ったようだった。
先ほどとは違い、レースのつけ襟でデコルテを隠したフェイブルの前に立ってノミンシナにバレないように表情を緩める。
その緩みを咎めるようなフェイブルの視線が刺さり内心で返事をして気を引き締めた。
「フェイブル、知っていると思うけれど私の婚約者を紹介するわ。お友達には、紹介するものでしょう?」
勝ち誇った不愉快な笑みに苛立ちが募り、それを抑え込んで婚約者の友人という立場の人物に適切な表情を向ける。
「既知の間柄だとは存じているけれど私の婚約者になってから会うのは初めてでしょう?改めて紹介させてもらうわね。クロウゼス・シャーレッツオ伯爵令息よ。本当なら来年には婚姻式を行えたのでしょうけど……ロレンザに配属されてしまうだなんて心配だわ。怪我などせず、私のもとに帰ってきてちょうだいね?」
「あぁ、必ず君のもとに帰るよ」
まるでフェイブルに見せ付けるように俺の頬をノミンシナの手が撫で、替わりにノミンシナの首筋を撫でる。
この場所を斬り落とすために戻るのだと金の瞳で見つめる。
足首にあるフェイブルから貰ったアンクレットを意識しながらフェイブルに顔を向ければ彼女の桃色の瞳が拒絶するように伏せられた。
つらつらと俺たちがどれだけ想い合っているのかを聞かせるノミンシナとそれに精一杯応じるフェイブルの姿にいたたまれず顔を背ける。
今の自分の立場ではフェイブルを庇うことは許されないのだ。
「──ロウ?クロウ?聞いているの?」
「あ、いや……すまない。ロレンザに行ってからのことを考えていた」
心ここにあらずになっていたことを誤魔化すように笑えばノミンシナは「任務のことも良いけれど、今は私のことだけを考えてちょうだい」と言って、はしたない程に寄り添う。
腕には小ぶりな胸が押し付けられて、彼女は空いた手で俺のクラバットを掴み思い切り引き寄せた。
唇に不愉快な生暖かい感触。嫌悪感しかない香が鼻腔を擽り、見開かれた目に映るのはノミンシナの下卑た紅蓮の虹彩。
離れて尚、硬直する俺にノミンシナはうっとりと寄り添って「私の婚約者様は意外と初心なのね」と笑っている。
「……人前ですることじゃないだろ?君の評判に傷が付いてはいけない」
絞り出した言葉は消え入りそうで、もし帯剣していようものならこの場でノミンシナを斬り殺していたのではないかと思う。
「愛し合う二人が離れる前に愛を確かめ合うのは悪いことではないでしょう?それに婚約者なのだもの。そう思うわよね?フェイブル」
残っていたフェイブルの柔らかな感触がグチャグチャに掻き消された感覚に陥り、軽蔑、憎悪、殺意、罪悪感、あらゆる負の感情を抱いた俺の思考はフェイブルの声を聞くことを拒絶した。
空いた手をギリギリと音を立てるほど強く握りながら恐る恐る見たフェイブルの微笑みが――もの凄く怖い。
ただ、その怒りの矛先は明らかにノミンシナに向いていて安堵する。しかし、不快なものは不快だろうと内心で謝りながら表面には出さず慌てていると背後から肩を叩かれ、そちらを向くとエルゴが立っており幾分か冷静さが戻る。
「クロウゼス、ロレンザに行く前に話がしたいんだが……婚約者殿に許可を」
従兄であるエルゴの冷え冷えとした視線がノミンシナに向けられている。
「あ……あぁシーナ、悪いけど少し席を外すよ」
「仕方ないわね。殿方の話は淑女である私には向かないものね。いってらっしゃい。ちゃんと戻ってくるのよ?」
「あぁ。君も友人たちと過ごしているといい」
ノミンシナから離れ、エルゴに連れて行かれた部屋にはキエナとカエラとヨーク、そしてサンチェスとパッセが集まっていた。




