決行
「よぉ、色男。最低最悪の見世物だったな」
そう言ってゲラゲラと笑うサンチェスは来年度からキエナの部下として王子の護衛に就くことになっている。
全員が苦い顔で目を逸らし、嘆息したエルゴが口を開いた。
「まぁ、それはさておきクルライ・ショモナーが消えた。妹は捜索させたが既に王都から消えているみたいだな」
「ちょ、ちょっと待って。どういうこと?なんでショモナー?」
不思議そうにキョロキョロと見回すヨークにある程度の説明をすると小柄な彼の大きな眼は更に開かれ「クロウ……」と言葉を失くした。
俺の隣に座ったカエラは「ふーん、随分と真っ黒になってんじゃん。ま、いいけど」と特に感慨も何もも無いようだ。
サンチェスは首謀者の一人だし、パッセは後処理を買って出てくれているので粗方理解しているため特に反応もなく公爵令息であるキエナとエルゴを見ている。
「まぁ、そういう訳でショモナーが早々に消えたと言うことは両親の死亡が知らされたという事だと思う。事に当たるなら急いだ方が良いだろうと思ってな」
「クロウゼス、お前が外に出ても問題ないよう協力者をこちらで用意した」
双子が話す最中に扉が開き、現れたのは堂々とした立ち振る舞いの義姉上と少々疲弊が見て取れる兄上だ。
「クロウゼス、話は聞いた。お前の兄に変装させるから、お前はお前の本懐を遂げるための行動をしなさい」
「まぁ……その、こっちは任せておけ」
「阿婆擦れの相手など容易いものだろう。マリウス」
「はは……」
乾いた笑いを零す兄上に義姉上が詰め寄り、胸ぐらを掴む。
「何だ?不満か?お前は愛する弟の為に動こうとは思わないのか?見損なったぞ」
「やらないとは言ってないだろ」
安定の夫婦喧嘩の構図ではあるが、義姉上は兄上がノミンシナにベタベタと触れられるのは嫌では無いのかと問い、彼女は言う。
「不快だ。だが、アレのせいで愛しい義弟の心が痛め付けられるのは不愉快極まりない。それにフェイブル嬢もマリウスが変装した姿であれば見抜けるだろうし、その方が心穏やかに過ごせるだろう」
外見的には背丈も体格も瞳の色もほぼ同じで明らかに違うのは髪型くらいだ。
骨格や顔の作りばかりはどうにもならないようだが「ちょっといじればどうとでもなる」と言うのはエルゴだった。
男らしさのある兄上に比べて俺はどちらかと言えば中性的な面持ちをしているのだが、何よりの違いは年齢に因るものが大きい。
さっさと着替えろと指示を出した義姉上自身が動こうとせず、脱ぐ事を躊躇っていると着ていた騎士の正装を剥ぎ取られ、兄上が着ていた近衛騎士の黒の正装を押し付けられた。
義姉上に俺の羞恥心は通じないらしい。
エルゴがいつの間にか俺と兄上の髪色の鬘を用意しており、出処を尋ねると全てヴァンスが準備したという。
王子付きの側仕えであるエルゴとヨークに整えて貰いながら隠すことも無くなった内容をサンチェスと詰めていく。
「監視は?」
「一人付けてるが、戦闘力はない。あいつは潜入要員として育てているらしいからな」
「今、クルライに護衛はついてるのか?」
「ついてるだろうな。ノミンシナと俺が注目を集めている間に消えたのだとしたら当然ハオスワタも噛んでいるだろうし、今ショモナーには護衛を雇うほどの金はない。護衛はハオスワタかカルデン・ピンジット個人から出てるはずだ」
「カルデンはないな。あの女の為なら躊躇いなく出すだろうが、他の野郎を護るためには絶対に出さない。で、護衛は始末して大丈夫なのか?」
「一人残らず消せば問題ないだろ」
「傭兵団に依頼してる可能性は?」
「それはないな。傭兵団であればすぐに話が入るし何より監視に付いてるのが傭兵団の人間だ」
「あぁ、あの時のお前の駒か」
それを聞いて察した兄上が「いつの間にあいつらを巻き込んでるんだ」と呆れているが聞かなかったことにした。
ふと廊下が騒がしいことに気付きキエナが何の騒ぎか聞きに行き、勢いよく戻ってきた。
「おい!エルゴ、ヨークさっさと終わらせろ!アレが舞踏会に乱入した」
「えっ」
「あ゛?」
「フェイブル嬢に突進して行ったらしい」
突進という言葉に野生動物と揶揄されている人物を思い出して眉間に皺が寄る。
今頃突進されたフェイブルも慌てている事だろうが、何よりドレスを贈ったという事実が俺を不快にさせる。
「王子は相変わらずなんだな」
「そう簡単にアレは成長なんかしねーよ!」
「他に問題行動なんてしてないよね?俺の首飛んだりしないよね?」
「まぁ、フェイブル嬢に絡んでたカルデン・ピンジットが持ってた赤ワインをぶち撒けた程度だろう」
「……それは、その程度ってことでいいの?」
「「いいだろう」」
王子の側近歴の長い双子は流石にワインをぶち撒ける程度のことでは焦りはしないらしい。
エルゴとヨークは、ぱぱっと俺と兄上の髪を整えキエナと三人で駆けていく。
ふと隣に座る兄上を見てピクリと頬が引き攣った。
金の虹彩が異様に怒気を孕み、恐ろしいと思った。怒りの矛先は王子を『アレ』と呼んだ双子に対してだろうかと考えて少しの違和感を感じ、兄上のもうひとつの役目を思い出す。
そういえば兄上は王子の剣術の教師を務めていたな、と。
決して王子の側近ではない。近衛騎士であっても兄上が直接護衛するのは国王陛下であり王子ではない。故に兄上にとって王子は主人の息子であると共に自分自身の剣術の弟子である。
今、それが未成年が姿を現すことさえ禁忌とされる舞踏会で何事かを仕出かしているのだ。
規則に厳しい兄上が優しく見守るなどという生易しい対応をする訳もないだろうことは明白だった。
そっと兄上から視線を外し、立ち上がって義姉上の手を取った。
「義姉上、これよりは兄上に扮しますので先に伝えさせて下さい。お力添え心より感謝しております」
「可愛い義弟と未来の義妹の為だ。何より国に蔓延る害虫を駆除することは騎士の務め。その過程が如何なるものであっても、多少の犠牲があれど最後に正しければお前の行動は認められるもの。しっかりと務めを果たせ」
義姉上に頭を下げ、次は兄上にと思って再び彼を見ればそこには冷静に妻の言葉を聞き入れる兄上がいた。
「クロウ、感謝の言葉は全てが終わった後でいい。ショモナーを排除したあと、俺の部屋に来い。カエラ、お前もだ」
「俺たち二人ってことはロレンザに行ったあとの任務についてか?」
「その通りだ。国王陛下から言い渡される任の他にピグロッグで調べて欲しいことがある」
「あー、向こうの聖女さん絡み?」
「やはりロレンザでも噂に上がってるか?」
「まぁな。何でも聖なる力とやらで傷だらけの兵士が即時復活して血気盛んに攻めてくるからな。鉱山があるわけでもないのに、ね」
魔石があればそれも可能ではあるがピグロッグは原野や森が大半を占める国であり、鉱山はない。あるはずのない魔法のようなソレを調べろということかと聞けば、兄上は軽く頷き「詳しくは帰ってきてからだ」と言った。
この舞踏会終了後、王都に居られるのはロレンザに立つ準備期間の二日のみだ。悠長にしている時間はない。
「クロウゼス。ショモナーに関する事後処理はサンチェスさんと俺に全て任せてくれていい」
「じゃあ、また合流地点でな」
パッセとサンチェスが部屋を後にしたのを見送ってから少しの時間をおいて俺は兄上に成りすまし、体調不良を装った義姉上をエスコートしながら俺を装った兄上と別れ、王城を出てシャーレッツオ家へ戻る道中にある傭兵がたむろする酒場の前で義姉上とも別れる。
今頃サンチェスも別の酒場から馬を走らせている頃だろう。傭兵団の者が用意していた上着に着替えてから待機していたヴァンスに剣と外套を貰い、用意されていた黒馬に乗りサンチェスが待っているであろう場所に向かった。
ヴァンスからの報告でクルライには五人の護衛がつき、馬車で移動していると伝えられている。
今回用意した馬は早駆けに特化した馬で、普段から遠方に向かう伝達馬に使われているらしい。サンチェスに用意した馬も同様の馬黒だ。
二頭共にシャーレッツオに本居を構えていない傭兵団に準備させた為、もしショモナーを排除したことがバレたとしても俺やサンチェスに行き着くことは無いだろう。
門を警備する騎士には既に手を回しており今日と明日その場に立っているのはショモナーに叛意を持つ家の騎士だ。一人はクルライの婚約者ユリーカ・ウラネスの従兄にあたる人物である。
彼らから「ご武運を」と言葉を貰い、黒馬を走らせた。




