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紅に染まる 2

「こんな場所でこそこそと何を話しているのかしら?」


そう言って俺に寄り添ったノミンシナは間違いなく侯爵令嬢然りといった麗しい笑みを湛えていて、こんな表情もできるのかと感心した。

敵意を隠しもしないが隙のない姿は一見気高くも見える。

こんな姿を見せられるというのに普段のあの姿は何なのかと疑問に思う。相手に驚異を感じているかいないかの差だろうか。

もしそうだとするなら男ならば簡単に手玉に取れるから貴族としての仮面をかぶる必要はないということか。


「特に――」

「ノミンシナ・ハオスワタ!今まで貴女が行ってきたことについて騎士様にお話したのよ!悪女風情が良い気になって……処刑台に送ってやるわ!」


は?と思わず声を出しそうになり、それを寸出のところで飲み込む。

たとえノミンシナが拉致などを指示していたとして修道女の他に証人になる者がいない以上、ここでノミンシナを裁くことはできない。

何より王領地とはいえここがハオスワタのお膝元だからこそ今までの罪が噂にすらなっていないのだ。

そんなことすら分からないのかと修道女に侮蔑の瞳を向け、彼女の腕に黄色の魔石が輝くのを見た。


――ここにもか。


一介の修道女が持てるはずのない煌々と輝く魔石の出処まで探らなくてはならないのかとうんざりする。

赤の魔石の効力は洗脳や魅了といった類だ。それを防ぐことはその赤の魔石と同等の黄色の魔石を身に着ける以外にない。

ノミンシナの身に着ける赤の魔石と同等の黄色の魔石を手に入れたおかげで彼女の洗脳が解け、近場にいた見慣れない騎士に告発したというところだろうと互いに怒りを向け合い徐々に罵倒の語気が強くなっていく二人の女を冷静に眺める。

修道女にとって黄色の魔石を手に入れたことは不幸だったのかもしれない。

洗脳が解けることさえなければ彼女は告発することもなく、拉致の事実さえ誰にも知られることはなかった。実行犯として首を落とされることもだ。

せめて見慣れない騎士がノミンシナの婚約者だと紹介を受けていれば俺に告発することもなかったかもしれないが。

ただ、俺としては都合が良いのも事実。ここで口を噤み、修道女の口を塞いでしまえばノミンシナからの信頼も得やすい。

打算的な思考を回しながら、かろうじて令嬢としての体裁を保ったまま罵り合う二人のつまらないやり取りが終わるのを今か今かと待つ。


「私の婚約者に擦り寄るだけでなく濡れ衣まで着せるだなんて!メアリ、今まで私がどれほど貴女のために動いてあげたと思っているの?親しい友人だと思っていたから主教様に頼んでそのブレスレットをプレゼントしてあげたのよ!?」


そう言って指差したのは黄色の魔石が付いた細身のブレスレットだ。これだけでノミンシナに魔石というものの知識が全くないことがわかる。

いや、それよりも重要なのは主教がそこに絡んでいることだ。

他貴族を探るよりも教会内を探るほうが格段に難しい。教会と騎士団の仲は古い時代から険悪なのだ。

それぞれに特別な秩序があり相容れないため、騎士は祝い事や凶事のときくらいしか教会には立ち入らない。

修道女に物を贈る時には主教の許可が必要なためにノミンシナとしては慣例に倣っただけかもしれないが魔石の判別方法を知っている主教を通しているとなると話は別だ。

ノミンシナにとってはただの品質の良いイエローダイヤモンだろうが主教にとっては効力の強い最上級の魔石なのだから。


これ見よがしに泣き崩れるノミンシナを支え、まるで俺はノミンシナの味方だと言うように彼女の腰を抱くとメアリと呼ばれた修道女が狼狽え始める。


「婚約者……?」

「あぁ、俺はシーナの婚約者でクロウゼス・シャーレッツオという」

「そん、な……ノミンシナが婚約だなんて……で、でも騎士でしょう!?罪人を放置はできないわよね!?」


焦り懇願する姿は滑稽で乾いた笑いが溢れる。


「クロウ、彼女は婚約者に対して不義を働いて修道院に送られたの。それでも私は友人を見捨てることができなくて償う場を用意してあげたのよ。それなのに犯罪の濡れ衣を着せるような裏切りに合うなんて……」


作られた表情の悲愴さは一流の舞台女優が作り上げたものよりもそれらしく見え、これに騙される男が多いことにも納得がいく。


「違うわ!裏切ったのは貴女じゃない!」


罪を擦り付け合う醜悪な姿を見ながら、どちらも大した差はないだろうと溜息を吐く。

であれば自己都合に走ってもいいかと結論付けてノミンシナを抱く手に力を込めた。


「恩人に対して不義理を働くとは醜悪にも程があるな。修道女であるにも拘らず高位貴族の令嬢であるシーナに対する不敬も見逃すことはできない」

「そうね……メアリは修道女で、もう貴族ではないものね」

「シーナに対する罪を償うべきだと思うけど、君の望みは?」


優しく尋ねれば一瞬だけノミンシナの口角が上がる。


「彼女は大なり小なりはあれど何度も罪を重ねたわ。その度に私が仲裁したり、償いの場や謝罪の場を設けたりしてきたの。それでも変わらないのだから、もう……助けてあげられないわ」


その言葉を合図に修道女が逃亡を図ろうと駆け出す。


「シーナはここで待っていて」


一言だけ残し、剣を抜いて木々を払い一気に詰め寄ると奇声に近い声を上げる修道女のコルネットを掴んで引き倒し暴れる痩身の女の背中を踏みつけた。

ノミンシナとの距離があることを横目に確認して口を開く。


「タイミングが悪かったと思え」

「……え?」

「そのうちあの女もお前と同じ場所に送ってやる」

「ど――」


声を上げさせる間もなく心臓を目掛けて剣を突き刺し、ピクリとも動かなくなった死体が身につけているブレスレットを引きちぎった。

出処がどこなのかを探らせるために回収し、剣を引き抜いてノミンシナが待つ場所に戻ればクルライがノミンシナを支えるように立っていた。


「シーナに不敬を働いた修道女は始末したのか?」

「はい」

「そうか。シーナ、もう君を傷つける人はいないんだ。安心していいよ」


寄り添い合う二人は俺よりもよっぽど愛し合う婚約者に見えるがそこに興味はなく死体のあるほうに視線を向ける。


「あれの始末はどうしますか?」

「あぁ、シーナのためになるなら俺がやってもいいよ」

「私、どうしたらいいか分からないの。クルライ、お願いしてもいいかしら」


いくら嫋やかに見せていても頼んでいる内容は死体の隠蔽だ。

頼られたことが嬉しかったのかは知らないがクルライは「任せてくれ」と嬉々として孤児院の方へと駆け出していった。

おそらく処分自体は修道士にでもやらせるのだろう。

改めてノミンシナと向き合うと彼女の紅蓮の瞳から涙が零れ落ちる。


「ありがとうクロウ。怖かったわ」


俺の首に腕を回した彼女の身体を横抱きにし、適当に慰めの言葉を一言二言吐いて孤児院へと足を向けた。



その後、早々に帰路についてヴァンスを呼ぶ。


「この魔石を送った場所を知りたい」


胸ポケットから取り出したのは修道女が付けていたブレスレットだ。石自体は小さく派手さはないが俺の視界では存在をありありと主張している。

魔石というものは一つとして同じ輝きをもつものはない。故にひとつひとつ細かな記録が残っている。採掘した鉱山、採掘された位置の詳細、採掘した人物や鑑定師、光の特徴、どこに売ったのか何に使われたのかまでも記録されている為その書類は全てシャーレッツオ領の本邸で厳重に保管されている。

その場所に立ち入りが許可されているのは領主一家のみであり、現在領の本邸に残っているのは三歳下の妹サーヤだけだ。

小等部卒業後から中等部入学の十三歳までを領地で過ごすため今頃サーヤは領地での勉強期間という免罪符を得た休暇期間を謳歌している頃だろう。

脳内のサーヤが繰り返し「中等部に行きたくない」だとか「王都は嫌だ」だとか寝台に丸まったまま呻くのを掻き消して何で妹を釣るかを考える。


「サーヤを動かすのに適したものは何だと思う?」

「……お嬢様をですか?」


頼めばやってくれそうな気はする。しかし、サーヤの腰が重いのも事実である。書類を見つけ次第書き写して王都まで持ってきてくれと言ったら……脳内のサーヤがもう一度「王都は嫌だぁ……人多いの嫌だぁ……」と毛布にくるまっていく。

あまりの緊張感の無さに溜息が溢れ、思考を放棄して強制させればいいかと結論付けた。


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