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紅に染まる 1

士官学校でのこともあり暫くノミンシナと顔を合わせることはないだろうと高を括っていた俺は二日後の朝、懲りもせずデートに誘ってくる婚約者に頭を悩ませることになった。

そもそも今朝早くに謹慎処分を言い渡されたばかりだ。外出など許されるわけもないが、かといってノミンシナが聞き分けよく引き下がることもない。


「休みなのだから婚約者を優先して当然でしょう?家の者に口を噤ませてしまえば外出したことも知られたりしないわ。ねえ、そうでしょう?」


突然家に押しかけてそう言うと強引に背中を押し、早く外出の準備をするようにとの催促が始まる。

話を聞いて駆けつけた母上が止めようとノミンシナの言い分が変わることはなく、仕方ないかとヴァンスに命じて準備を始めた。



馬車に乗り市街地を抜けてやや進んだ頃にノミンシナが小箱を取り出した。


「クロウ、今日は違う首飾りを付けたいのだけれどいいかしら?」

「かまわないよ」


端的に返した俺の目の前で同乗している従者が婚約の証を丁寧に小箱にしまうと、替わりに身に着ける首飾りを取り出す。

その首飾りを見て一瞬思考が停止した。

首飾りに付いている大粒のルビーが異常なほど赤々と輝きを内在させているのが見え、思わず「それは……」と零す。


「素晴らしいルビーでしょう?随分前になるけれど、さる御方から頂いたものなのよ。私のお気に入りなの」


これ見よがしにノミンシナが身に着けた首飾りに付いたその魔石は確実に侯爵令嬢が持っていてはいけないグレードのものだ。

そのグレードの魔石はいくら侯爵家といえど保持すら許されていない。

おそらく父上や兄上が知らないということは多くの貴族が集まるような社交の場には着用していったことがないのだろう。


「どう?似合うかしら?」

「あぁ、とても」

「そうでしょう?まるで私のために在るルビーだわ」

「シャーレッツオでも稀に見るグレードの宝石だね」

「まぁ!そんなに貴重なものだなんて知らなかったわ。改めて感謝のお手紙を送らなければならないかしら」

「そうだね。でも、そんなに貴重な宝石を用いた首飾りを贈る間柄の方とは一体誰なのか気になるところだ」

「嫉妬なんて不要よ?今の私にはクロウしかいないもの。ね?」


柔らかさの足りない胸を押し付けるように腕に絡みつくノミンシナの額に理解を示す口付けをして出来る限り彼女の存在が思考の邪魔にならないよう努めはしたが魔石のことよりもこれから連れて行かれる場所の方が気になった。

ノミンシナにそのことを訪ねても「私にとって特別な場所なのよ。楽しみにしていて」と言って教えてもらえず馬車から外を眺めるしかなかった。



馬車が向かう方角からしてハオスワタ領かと思われたが、領地に入るよりも前の小さな村にある孤児院で馬車は停まる。

たった数日前に訪れたノエイン川から程近い場所にある村は、あちらこちらに害獣対策用の罠が仕掛けられている農村だった。

村というよりも集落といった雰囲気は王領地にあるとは到底思えない有様だ。

森と言って差し支えない場所にある寂れた孤児院には既に一台の馬車が停まっている。その家紋はショモナー伯爵家のもので間違いない。

クルライが居るならば任務にさえ出られない怪我だというのにこのような場所で何をしているのかという話だし、アイリーンが居るのなら側仕えの仕事はどうしたのだと思わざるを得ない。

果たしてどちらが出てくるのかと表情には出さずにショモナー家の馬車を注視して唖然とした。出てきたのは薄紫の髪をした男女二人。紛れもなくクルライとアイリーンの二人である。

ショモナー兄妹とノミンシナの会話から察するに今朝唐突に兄妹に手紙を送り、ここに呼び出したらしい。

ということは兄妹は凶事など不測の事態があったわけでもないのに公務を休んだということになる。

いくらハオスワタに傾倒していると言っても限度というものがあるだろうと眉を顰めた。


孤児院から現れたのは若い修道女だった。彼女を含め二人の修道女と三人の修道士が孤児たちの世話をしているのだと説明を受け、案内されたのは礼拝室と呼ぶべきか悩むほどに閑散とした室内だった。

レコネアを含む大陸全土で最も信仰されているログニア教はこの大陸に緑を与えたと言われているログニアという女神を主神として崇める宗教であり、聖地はレコネアよりも西方にある緑豊かな国だと言われている。大陸において最も平穏な国でもあり、全ての国と不可侵条約を結んでいるというのも広く知られた話だ。

礼拝室には女神ログニアの彫像が信者たちを優しく見下ろすように立てられており、その彫像だけは美しさを保っていることから厚い信仰心が見受けられる。


孤児院というものは必ずしも教会の手が入っているものではない。

女性のみが生活する修道院は教会の傘下にあるが孤児院は貴族の後見や寄付によって建てられるのが一般的だ。

シャーレッツオ領にある孤児院は全てシャーレッツオ伯爵家か縁戚関係にある貴族家によって建てられているし、世話人は寄付をしている貴族家の雇用人である。

ノミンシナやショモナー兄妹の訪問を快く受け入れていることからこの孤児院はハオスワタかショモナーが後見にたっているのだろうし、修道士たちが世話人を務めていることから教会が何がしかの形で関わっていることも窺える。


しかし、侯爵家からの寄付があるとは思えないほど汚れた見窄らしい子供らの姿やあまりに少ない口数には違和感があった。

孤児院が裕福であることはまずないがシャーレッツオ領の孤児たちが子供らしからぬ姿を見せることはなかった。

勿論、個性はあるし中には物静かな子供もいたが全員がこれほどまでに静かなことなどあり得るのだろうか。

少なくともシャーレッツオが寄付する孤児院やカートイットの孤児院には活発な子供たちもいたし、遊んで欲しいと強請り突進してくる子供もいた。

俺が慰問に向かったことのある孤児院の中で異質と思えたのはロレンザの首都にある孤児院とサノスの首都にある孤児院くらいのもの。

前者はほぼ職業訓練所だったし、後者は上流階級並みの教育機関になっていたと記憶している。


ノミンシナとショモナー兄妹が静かに遊ぶ子供たちの輪の中に入るのを見送り、断りを入れて俺はひとり庭に出る。

一通り外観を見てから森に入り、農村部に多く見られた害獣対策用の罠が少ないことに気付いて孤児院が決して安全とは言い難いことを知った。

教会としての役割も担っているのであれば警護のための傭兵を雇ってもいいはずだが――。


「騎士様、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか」


声を掛けてきたのは孤児院の中を案内してくれた年若い修道女だ。年の頃はノミンシナと同じくらいだろうか。


「構わないが、何か?」

「……あの、その……どうか私を助けてほしいのです」


何かに怯えるように声を震わせる修道女が何度も孤児院のある方角を確認してから俺の手を強く握る。


「あの悪女は子供たちを拉致し、孤児に仕立て上げて奴隷として教育しどこかへ売っているのです!」

「その証拠は?」

「私の証言では足りないというのですか!?」

「足りないだろうな。それに、なぜ貴女は拉致していると断言できる?」

「私も拉致したひとりなのですから当然です!」

「……拉致されたではなく、拉致したのか?」

「えぇ!でも、このままでは私が主犯にされて殺されてしまうと思いましたの」


拉致被害者が庶民であれ貴族であれ、拉致を行った者に重罰が課されることは間違いない。それも人身売買というおまけ付きだ。

レコネアでは人身売買も奴隷制度も極刑が課される。自白しようと修道女に待っているのは死罪だ。それを理解していないのか修道女は自己中心的な文言を続ける。

自分が死にたくないから自白したのであって良心の呵責からしたものではない。自分は元々貴族の出自であり、自分の命は孤児たちの命よりも重い。けれど相手が侯爵家では分が悪いから仕方なく俺に助けを乞うているのだと。

まるで悲劇のヒロインかのように振る舞い、拉致に加担したのは自分の意志ではないのだと嘘くさい涙を流す。


類は友を呼ぶというのも嘘ではないのかもしれないと思いながら相変わらず握られたままの手を払う。


「貴女は拉致や人身売買がどれほどの重罪か理解しているのか?」

「私は貴族なのよ?庶民に対して何かをしたところで大した罪ではないわ」


払われた手を気にすること無く顎を上げて差も当然のように宣うが、そもそも修道女になっている時点で彼女は貴族ではない。彼女の言動からみて自ら望んで修道女になったわけではないだろうし家から籍を抜かれるだけの何かをしたということだ。

近年で言えばとある子爵家の令嬢が散財と領民への横柄な態度や過度な体罰から修道院に送られている。

もしそれが彼女なのだとすればこの態度にも納得がいく。


「共に働いている修道士たちも拉致などに関与していると思っても?」

「無論よ。ねぇ、騎士様?私を守ってくださるでしょう?教えてあげたのだから当然よね?」


そう言って縋り付く様はあまりにノミンシナに似ていて不快だ。軽く肩を押して距離を取り、再び口を開こうかというときに草葉の擦れる音がしてそちらを向くとノミンシナが立っていた。

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