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在りし日の物語

馬から降りるなりヴァンスを呼び、私室に入ってすぐ「酒場からウォッカを三つ」と告げて早々に着替えてから数枚の書類を机の上に引きずり出した。

それは現在下男下女を募集している貴族家の目録だ。書面に目的の家があることを確認し、荒く椅子に座る。

ヴァンスが淹れたお茶を飲み、チラッと視線を彼に向ければヴァンスは理解しているとでも言うように「ピンジットとショモナー、もうひとつはどちらでしょうか?」と尋ねる。


「ウラネスだ。家の者にも悟られるな」


クルライ・ショモナーの婚約者であるユリーカ・ウラネスは六代前のシャーレッツオ伯爵の弟が叙爵して出来た男爵家の子女だ。

六代前ともなれば血縁と言い難いものの東洋医学を深く学んだウラネス男爵家はとても優秀な一族だし、未だに職務上の交流はある。

ピンジットやショモナーに間者を潜らせるよりは簡単だろう。


「畏まりました。では、少々お傍を離れます」


そう言い残してヴァンスは部屋を出て行った。

酒場というのはシャーレッツオ領にある傭兵団のアジトであり、ウォッカは潜入の為の人員を指す。

ウォッカという酒には特筆すべき癖がなく、何と混ぜてもそこそこに合うことからそう呼んでいる。

あくまでも彼らは傭兵であり、諜報員として扱うのは俺くらいなものだ。

王都とシャーレッツオ領は隣合っている為、それほど時間はかからないがヴァンスの帰りは明日だろう。

王都にも拠点を持ってはいるがヴァンスが直接赴くほうが早いと判断したまでだ。


さて、明日になればカルデンやクルライに俺が言った言葉はどう湾曲して伝わっているのか──そう考えれば楽しみだとさえ思う。

高い天井を仰ぎ、ほくそ笑んでからゆっくりと視線を書類の山に向けた。

たった一ヶ月で集めに集めた情報の山だ。

ハオスワタ侯爵家、それに傾倒するピンジット伯爵家とショモナー伯爵家を始めとする数々の家、ハオスワタに敵意を持つ様々な家に関するものが多く昨夜義姉上の手の及ぶ者から届いた書類に改めて目を通していく。

昨夜これに目を走らせていて、やけに気になる文があった。

ハオスワタの三男に纏わるものだ。

五年前、夫人に妊娠の兆候は見られなかったが唐突に三男という人物が本邸に現れると同時に一人の従者が姿を消しているといったものだ。従者の入れ替えがほぼ無いと言っていいハオスワタで従者が忽然と姿を消すというのは過去十年を遡ってもその一度きりだった。

三男は現在五歳。髪の色は赤茶、瞳の色はハオスワタには居ない灰色の瞳。果たして三男の親は誰だろうかと笑みが零れる。

長男ドルセンは亡き前妻の子であり、父親と同じ黒紫の髪をしている。ドルセンの妻も薄茶の髪であり赤茶の髪の子供が生まれるとは考え難い。彼らはドルセンが前線部隊の大隊長に就任した頃から赴任地域であるロレンザの首都に住み、その後一度も王都に戻っていない。

侯爵の後妻である夫人は赤茶の髪ではあるが愛人の期間が長く迎え入れられたのが二十四歳の時、ノミンシナが産まれたのは翌年だ。現在の年齢から逆算して四十歳を過ぎて子を産むとは考えられないし、何より懐妊となればハオスワタのことだから盛大に祝宴を催したはず。

ハンネルは三男が産まれた当時はまだ十歳であり、除外していいだろう。。

そう考えれば選択肢はひとつしか残されていない。

消えた従者との子供か、はたまた他の誰かとの子であるが従者に罪を擦り付けて無かったことにしたのか……そう思考しながら記憶の中に灰色の瞳の持ち主が居ないか探るも該当者は居なかった。

この三男が本邸に現れたのは乳児の時の一度だけで、その後は領地にすら姿は見られないという。


そしてもうひとつ『ハオスワタ三男と敵国ピグロッグ王女に婚約の噂有り。調査中』といった一文もある。


「随分ときな臭くなってきたな…」


既にピグロッグにハオスワタの手が伸びているとすれば厄介なことこの上ない。

三男を婿に出すのなら国王の許可が必要なはずだが、国王が人質としての価値すら低いハオスワタの子供を婿に出すとは思えない為、何か裏があるのだろう。

ピグロッグに関しても探ってみるかと思考する。


再び見落としがないか机の上に散乱した書類に片っ端から目を通してからソファーに横たわる。次第にテーブルに置かれたフェイブルからの祝福の品だと言って渡されたガーネットのブローチに視線が行った。

幼い頃にフェイブルと二人で読んだ絵物語のヒーローが付けていたものと同じデザインのブローチだ。あの絵物語を読んだのはいつの日だっただろうかと目を閉じて記憶を探る。


互いにまだ幼く、父上もまだ近衛騎士を務めていた頃だったはず。

そう、確か幼い俺が二度目の求婚をして母上の指導が更に厳しくなった後、フェイブルがシャーレッツオ伯爵家に遊びに来た日の事だ──



「父上!母上!今日はフェイが来るんですよね?まだですか?もう来ますか?」


ソファーに座り、床につかない足をパタパタと動かしながら俺と同じ白銀の髪と金の瞳を持つ父上と黒髪に紺碧の瞳を持つ母上を交互に見てはクスクスと笑われた。


「クロウは本当にフェイブルちゃんが好きなのね」

「はい!」

「でも、フェイブルちゃんに見合う男性になる為には落ち着きも必要よ?彼女はお淑やかな女の子なのだから男の子の遊びに付き合わせては駄目よ?」

「……では、何をしたらいいんですか?」

「そうねぇ」


そんな会話をしながら到着を待って、待って、待って──漸く訪れた彼女に飛びつくように駆け出した。

きっとその姿は遊んで欲しいと戯れる仔犬と大差ない。

フェイブルの妹のミンティナに飛びつく妹のサーヤと同等の行動に母上からお叱りを受けつつ、母上の指導通りに佇まいを直して手を差し伸べ、まずはお茶の席に案内。

俺は外を駆け回るのが好きだけど、彼女は読書が一番好きだと言ってたからお勧めの本を聞いたり、好きな菓子の話をしたりした。

いつか彼女の好きな物で埋まった家を建ててあげたい、それが俺の夢になった。

フェイブル専用のカフェ付き図書館なんて喜んでもらえるかな、と考えている最中にフェイブルは庭園を眺めていて俺は「もっと近くで見た方が綺麗だよ!」と外に誘う。

一冊の本を手に淡いモスグリーンのドレスと同じ色のボンネットを被るフェイブルは本当に可愛くて「妖精みたいだね」なんて言いながら庭園を回った。

どの花が咲いてた場所が気に入ったか聞くと、白とピンクのイベリスが咲く場所が気に入ったと言う。

そこに二人掛けのベンチと小さなテーブル、日除けを用意して貰い、今度はフェイブルが手に持った本の話をした。

最近気に入っている一冊なのだと彼女は話し、俺に見せてくれる。


王女と騎士が恋に落ちる話だった。

恋仲にあった二人を引き裂くように魔女が現れ、騎士は王女を忘れてしまう。

再び王女の前に現れた騎士は王女の敵になっていて、彼女の命さえも奪おうとした。

それでも王女は騎士を信じ、騎士を想い、語り掛け、思い出せないままに騎士は再び王女に恋をする。

敵である王女を想い、手を伸ばすことが許されない現状に嘆き、狂いかけた頃に漸く魔女は倒され、記憶が戻った騎士は愛しい人に剣を向けた自責の念に耐えられず剣を折り、王女の前から姿を消そうとする。

『貴方が貴方を許せなくとも、神が貴方を許さなくとも私が許すわ。だから私の傍にいなさい。剣を折ったただの男を求める女の傍に』

そう言って王女は騎士ではなくなった男を王女配として常に傍に置いた。


幼い頃の口調で説明するフェイブルの声に聞き入る。


「私はお姫様じゃないけど、もしクロウに苦しいことがあった時はこの本のヒロインみたいにクロウのことを助けてあげられる女性になりたいわ」

「うん。でも、俺はフェイがいたら苦しいことなんて無いと思うんだ!でも……その、ありがとう。フェイにお嫁さんになってもらえるような立派な紳士になるよ!」

「私も頑張るわ!でも、もし────」



ふと人の気配がして、そちらを見れば兄上が対面のソファーに座って一枚の書類に目を通していた。


「この短期間でよくここまで調べたな」

「フェイを取り戻す為だから……」

「そうか」


それ以降、兄上は口を開かず書類を捲り続け、俺はいつの間にか見ていた夢の続きが気になった。

あの時、フェイは何て言っていただろうか……

その後、俺は何て返したのだったか……

思い出そうとして、それをやめた。今は優しい思い出に浸っている場合ではないのだと──

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