ケメロイとの食事
負傷もあって強制的に休暇を取らされていた俺は就業後のケメロイ隊長から呼び出され、城下町のとある大衆酒場に向かった。
席について待っていた農夫のような彼の装いに顔を顰めないでもないが、ここは庶民が通う大衆酒場であり彼の装いは相応のものかもしれない。唯一、高級品でもある色付きの眼鏡に違和感があるくらいだ。
潜入任務でもない限り品のない装いは許されないという理念の下に育てられた俺は侯爵子息のケメロイ隊長よりも良家の子息に見えるような装いになっており、少し気まずい。
せめて、もう少しくたびれていないシャツを着るとか何か無かったのか……そう思ったところで相手は特に親しくもない上司で、更には本配属後には関わりをもつかも微妙な間柄であり、わざわざ言う必要もないかと口を噤む。
席に着くなりケメロイ隊長は大量の酒を浴びる様に飲んでいるのだが、俺は怪我を考慮して飲んでいない。
何より怪我をしていようとなかろうと、例え非番であろうと騎士である以上は緊急招集があれば応じなくてはならないので、俺が酒を飲むのは付き合いで仕方なくといった社交の場でくらいだ。
父上も兄上もそうしてきたからこそ俺もそれが当然だと思っている訳で、目の前でものの数秒でグラスを空にし追加の注文を重ねていく男を諌めるべきか悩むところだ。
そんな事を考えながらケメロイ隊長の何の変哲もない世間話に愛想良く相槌を打ちながら時間だけが経過していく。
初対面の時には人の良さそうな兄貴肌の人物なのだと思っていたが、今となっては少々煩わしくもある。それは俺の精神的な部分に問題があるのだろうが。
何せあの時はまだ俺の婚約者は愛しいフェイブルで、クラバットについたブローチももっと繊細で美しいものだった。
余裕がないな、と自嘲気味に笑いが零れてケメロイ隊長が不意に俺の名前を呼んだ。
「クロウゼス、緊急任務の時は悪かったな。指揮を執らせる事になったこともだが、ショモナー夫妻のことは特に……」
「いえ、それは仕方ありません。私がお止め出来なかったことに責を求められるのは当然のことだと思っていますから」
「将来有望な騎士だと説明したし、配慮してはもらえたが本来なら処分不要でも良かったはずなんだ」
ケメロイ隊長は難しい顔をして色の付いたレンズを使用した眼鏡をクイッと上げながら言うが、あの腹の中がドス黒い国王のことだ。俺が処分を受けたことなど全く気にも留めていないだろう。
おそらくショモナー前伯爵夫妻が死んだことよりも道連れが少ないことに安堵しているに違いない。いや、道連れになった者の中に重要な人物が居なくてよかったという程度か。
国王が俺に監視の一人や二人付けているのだろうことは明白で、尚且つ国王に扮した叔父上や従兄のキエナやエルゴから俺の性格も聞いているはず。
俺からフェイを奪った時点である程度の犠牲はやむ無し、とでも思っているはずだ。
無論、俺も相手が庶民や知人の傭兵ではなく驕り高ぶった貴族であれば道連れにする方法を選んだ。
どちらかと言えば、そんな俺が余りにも早く指揮権を握った事実に焦った事だろう。
とはいえ、ハオスワタに反感を持つ人物が揃い過ぎていることも作為的に思え、果たして目の前で飲んだくれるこの男はどちらなのだろうかと思いながら恐縮してみせる。
「私がケメロイ隊長のように家格も高い人格者であればショモナー夫妻も私の言葉に耳を傾けたのでしょうが、クルライ様に色々してしまった後ですからね。受け入れていただけなくて当然かとも納得しています。それに隊長直々に配慮賜りましたこと嬉しく思います。ありがとうございます」
「そんな畏まるなよ。俺はやれる事をやっただけだ。まぁ、何にせよお前にとってはちょうど良かったんじゃないか?明後日からたった三日間だ。怪我もあるが少しは見舞いに来るだろう婚約者とゆっくりできるだろ。あそこの令嬢は、そこそこに我儘だからな……」
そこそこで済むのかは甚だ疑問だが、ケメロイ隊長が露骨に疲労感の残る表情をするのにも理由がある。
俺が怪我をして帰った翌日、義姉上に奇襲を受けている頃騎士棟にはノミンシナが乗り込んでいたらしいのだ。
そこで「わたくしの婚約者に怪我を負わせるなんて、どういうつもり!?クロウはわたくしの物、所有者はハオスワタ侯爵令嬢であるわたくしなのよ!?」と宣い、更には治るまで実働訓練には出させないとまで言ったらしい。
挙句の果てには今日も訓練場に顔を出し、俺が参加していないかを確認に来たという。
正直、辟易とする。
肋骨骨折程度のことで重傷者になった気分だ。
どうせなら未だに痛いだの辛いだのギャアギャア喚いているクルライのところにでも通っていて欲しいところではあるが、ノミンシナに近付かなくてはならないのも事実で強制的に与えられた明日の休暇も既にノミンシナとの外出が決まっている。
何故か場所は士官学校なのだが、趣味の悪い場所を連れ回されるよりはマシというものだ。
彼女が言うには「いずれはクロウが学校長になるのだから今から学んでおくべきだわ」という事らしい。
そこにお前の存在は要らないだろ、という言葉を飲み込んで「気遣ってくれてありがとう。シーナの支えがあれば安心だよ」と微笑みを返したのは今日の午後のことだった。
たまたま見舞いに来ていたサンチェスやパッセの苦虫を噛み潰したような表情を忘れることは無いだろう。
その後、過去の恋愛遍歴や自身の武勇伝など興味のない話を散々聞かされ俺が解放されたのは真夜中になっての事だった。




