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緊急任務 2

館に留まることを余儀なくされた俺たちは交代しながら夕食をとっていく。

この館は騎士や行商人、旅人などが使うために常に整備されているし備蓄も多い。

麓とは言え山自体からは、それなりに離れているし土砂崩れに巻き込まれることも無い。あくまでも大規模な土砂崩れでなければの話だが。

ただ、騎士としての訓練を受けていない豪華絢爛の中に生きる貴族にとっては薄汚れた場所で短時間でも過ごすことは苦痛なのだろう。

余計な手間でしかない貴族を排除できたことで庶民の女子供と馭者や傭兵しかここには居ない。

それでも相当な人数ではあるが。

俺は最上階の一室で泥に塗れた外套と上着を脱いで窓から空を見上げて降り止まない雨を眺める。

そこにサンチェスとパッセが現れた。


「全て配置に着いた。見張りは交代で行うが人数が足りないな」

「そうですね。イゾルテ村方面に向かったロア組の中には獣との戦いがあったようで軽傷ですが負傷者も出ています」

「わかった。人員については問題ないから負傷者が悪化しないように休ませてくれ」

「いや、問題ねぇってどういう」


扉の方に目を向け、そしてノック音がすることもなく扉が開いた。


「よぉ、坊ちゃん久しぶりじゃねーか。随分と良い面構えになってて分からなかったぜ」


粗野と言っていい風貌の屈強な体躯をした男が二人、一人は欠伸をしながら、一人はニタニタと口元を緩ませて部屋に入ってくる。

俺にとってはよく見知った粗忽者だ。


「相変わらず品が無いなゴードン、ランドル」

「俺らみてぇな荒くれ者に品なんて求めんじゃねーよ!んで、何の呼び出しだァ?」

「今回、各辻馬車に同行している傭兵は全てお前のところか?」

「あぁ、そうだ」

「館の警護を頼みたい」

「坊ちゃんの頼みじゃ断れねぇなァ!なぁ、兄弟」

「俺たちはお利口な飼い犬だからなァ」


ギャハハと大口を開けて下品に笑う二人にパッセの表情が不愉快だと告げながら歪むのを見て、思わず苦笑を零す。


「パッセ、こいつらは信用していい。品は無いが、そこまで愚かではない」

「だが……」

「ゴードン、これは国からの依頼じゃない。余計なことはするなよ?ここにいる二人以外には関係を悟らせるのも許さない」

「わーってる。それにしても見届け人なんて頼むようになったんだなァ、坊ちゃん」

「お前たちには楽な仕事だっただろ?報酬はいつも通りに」

「おうよ」


傭兵団の頭領であるゴードンと副頭領のランドルとの関係は三年前、領民から酒を飲んで暴れ回っている傭兵とは名ばかりの賊がいると報告を受け、兄上と二人で乗り込んだ上で鎮圧したのが始まりだ。

こういった輩に対しては実力を示すのが手っ取り早いため、相応に痛めつけ兄上と俺の管理下に置いた。

一回りも年下のガキに負けた彼らも今では国内一を誇る大きな傭兵団の頭領と副頭領になり、俺の目となり耳となり手足となって働いてもいる。

あくまでも秘密裏にだが。


「あー、坊ちゃん。そういえば貴族のババァんとこにいた女と、坊ちゃんが助けたっつぅガキが探してたぜ?」

「わかった。サンチェスさん、彼らと話し合って警護の任について下さい。パッセは館内で」

「いーや、外は俺らでやる。騎士って言っても貴族のガキだろ?全員が坊ちゃんみたいな野郎なら構わねェが、そうじゃねェなら邪魔だ。それに女やガキはゴツい野郎共がいるより騎士の優男共がいる方が安心するだろうよ」

「そうか。助かる」

「そん代わり、報酬の酒は美味いもんを頼むぜ?」


了承を示せば二人は豪快に笑って早々と部屋を出て行き、雨音と雷鳴が響く室内にはサンチェスとパッセが残った。


「クロウゼス、お前の交友関係はどうなってんだ?」

「あんな下品な人物たちと交流しているなんて信じられないな、代理指揮官なのだから品位は示すべきじゃないか?」

「だから二人にしか見せてないだろ?」


ぐっと思いの丈を噛み殺したパッセの肩を叩き三人で一階の広間に向かう。

パッセの想いも分かると言えば分かる。彼も家督相続権を争う男爵家の三男で、長男は放蕩息子と呼ばれ、二男は領地での商いを父親から習っているが滅多に領地から出ない性格、パッセを間に挟み四男は今のところ勉強熱心な少年だと過去に話していた。

今、彼が欲しいのは表面的な爵位じゃなく国に対する実権力を持った家との繋がりであり、後ろ盾だ。

そこに俺を、シャーレッツオ伯爵家を選んだからこそ彼は此処にいる。まぁ、彼の本心から言えば俺ではなく後継者である兄上に後ろ盾になってもらいたいのではないかと思うが。

後ろ盾となる予定の人物が粗暴な輩と関係を持っているとなれば多少の不安や不満はあるだろうが口で説得したところで彼の性格上、本心から信頼はできないだろう。

今は口を噤んでいてもらう他ない。


大広間の扉を開けるとそこには毛布にくるまって歩き回る少年がいて、俺を見つけるなり毛布を引き摺ったまま駆け寄って勢いよく俺の手を握った。


「騎士のおにいちゃん!おかあさん!おにいちゃんいたよ!!おかぁーさーん!!」


大声で呼ばれた母親も駆け寄ってきて何度も頭を下げ感謝を伝えてくる。

当然のことをしたまでだと言っても彼女は頭を下げ、我が子を抱きながら涙した。

少年の頭にポンっと手を乗せて「お母さんの所に戻れて良かったな」と一声だけかけて、パッセには避難民の健康状態の確認を、サンチェスには館内の安全確認を頼み、もう一人俺を探していたという女性を探す。


彼女が居たのは厨房だった。

泥塗れの騎士に代わり厨房や洗濯といった家事を女性たちが担ってくれている。


「私に用があるという方はどなたでしょうか?」


そう声をかければレイユが駆け寄ってきた。


「お忙しいところ申し訳ございません!騎士の皆様方も雨に濡れておりますでしょうし、お風邪を召されてはなりませんので何か温かいものをご用意しようと思ったのですが…」

「外警護は傭兵の皆さんが担って下さることになりましたので騎士への配慮は不要ですよ。是非、傭兵の皆さんに何か温かい飲み物などをお願いします」

「畏まりました」


そう言って頭を下げたまま彼女は何故か動きを止め、ゆっくりと頭を上げて俺を見てから視線を逸らした。

何か言いづらいことでもあるのかと聞けば遠慮がちに頷く。

隣室に移り、漸く彼女は本当に聞きたかったことを口にした。


「先程、大奥様と共に出立された傭兵の方々がお戻りになられましたが……」


あぁ、そういうことかと頷いて、確かに聞難いことではあるなと思った。


「傭兵の話によると、やはり積荷が多かったこともあり車輪が泥に嵌って立ち往生することになったと。その際に氾濫に巻き込まれて……」

「そう……ですか。わかりました。皆に伝えておきます」

「主人を亡くされてお辛いでしょうが、宜しくお願いします」


労わるような仮面を被り、頭を下げれば彼女は「よして下さい!騎士様が庶民に頭を下げるだなんて!」と恐縮し、血色が戻ったようなどこか晴れやかな表情が見て取れた。


「レイユさん……で、宜しいですよね?」

「はい。そうですが…」

「一先ず悲しそうな表情だけでも繕った方が宜しいかと思いますよ?口角が上がっていては主人が儚くなられたことを喜んでいるように見えます」


彼女はパッと手で顔を隠し「やってしまった」と呟いた。


「このことは内密にお願いします」

「わかりました。まあ、お気持ちは分かりますよ」


にこやかに伝えれば彼女はホッと息を吐いて困ったように笑い、持ち場に戻ったかと思えばもう一度此方に小走りで戻ってきた。


「同僚が毛布と温かい飲み物を用意しておりましたので、せめて厩舎番をしている方々に差し入れさせて下さい」

「え、あぁ、ありがとうございます」


館内を見回っていた騎士に声を掛け、二人は厨房へと向かって行き、俺も仕事へと戻った。



真夜中に雨は上がり、夜が明ける頃には空から分厚い雲は消え去りカラッとした暑さが戻り始めた。騎士の数人に氾濫状況を確認しに行ってもらい、報告書を書き上げていく。

一段落して窓際に立ち、目頭を押さえてから外を見て、思わず「は?」と声に出した。

避難民と思わしき男性と話すケメロイ・ホビロン隊長の姿があるのだ。

女性たちが洗ってくれた団服を着用して駆け下り、騎士たちに隊長が来たことを伝えながら外に出た。


「ケメロイ隊長!」


乾いてはいない泥の中を進み、全員が隊長の前で敬礼をする。


「昨日はすまないな。急用で家を空けていたせいで連絡が来なかったんだ」

「そうだったんですね」

「クロウゼス、お前が指揮を執っていると聞いた。ありがとうな。ただ、途中で指揮系統が変わる事は避けたいから引き続きお前が指揮を執れ。ショモナー夫妻のことはサンチェスから聞いたし目撃した傭兵にも話を聞いた。流石に放っておくことは出来ないから、捜索は俺が指揮を執る。いいな?」

「はい」

「報告書は全てが片付いてから俺が確認して団長に渡すから」

「わかりました」


少々くたびれた様子のケメロイ隊長が数人の騎士と目撃した傭兵を率いて捜索に向かうのを見送り、残った騎士たちが帰還準備を始める。

俺も、と思ったがケメロイ隊長と話していた馭者を務めていた男性に声を掛けられた。

確かに彼は馭者の中に居たが、どこか見覚えのある顔に「何でしょうか?」と返す。


「俺はブック・ブリッジ。前線部隊大隊長の副官だ。昨日のお前の指揮は見事だったよ。だが――」


含みを持たせた彼は唐突に俺の脇腹を叩いた。

激痛にしゃがみこみ声にならない呻きが漏れて、それを見ていたパッセが駆け寄ってくる。


「ちょっと!何するんですか!!」

「お前、こいつ休ませておけ。良くてヒビ、悪くて折れてるぞ」

「……はい?」

「呼吸するだけで痛いだろうに、馬鹿が。そんなとこまで兄貴にそっくりかよ」


確かに呼吸するだけでも痛みはあるが、肋骨が折れるくらいのことはよくある。

兄上との稽古は毎回軽度であれ怪我を伴うし、俺にとっては然程大事ではないのだが。

そもそも兄上と知り合いなのだろうかと疑問を持ちつつも痛みでしゃがみこんだ俺とパッセの肩を掴みブックがニヤリと下卑た笑みを浮かべた。


「ショモナーのことは黙っておいてやる。よくやった。俺はここで騎士だとバラす気はないから、精々働けよ」


ブックが立ち上がり、厩舎に消えていくのを目で追って漸く自分の表情が引き攣っていることに気付き、肩で息をした。

いつから見られていたのか、どこまで知られているのか、考えただけで背中に嫌な汗が流れる。

とは言え彼は『よくやった』と言ったのだ。

彼にとってショモナー夫妻を間引いたことは悪くない事だったのだろうと考え、仕事に戻ろうとしてパッセに腕を掴まれた。


「クロウゼス、どこに行く?」

「任務に戻るが?」

「怪我人が何言ってんだ!」


その後、強制的にパッセに連れられて個室に押し込まれ「大人しくしてろ」と静かに激怒されたのは言うまでもない。

水の勢いがない場所に造られた急拵えの橋を通り夕刻に王都に帰還した後も報告書を纏める仕事をサンチェスに奪われた俺は負傷の報告を受けて迎えに来たヴァンスに回収され、帰宅後、落馬の時の打撲痕を見たお抱え医師にも激怒される羽目になったのだった。

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