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緊急任務 1

騎士棟の詰め所に置いてあった予備の騎士服に着替え、同隊の騎士たちとケメロイ・ホビロン隊長とカルデン・ピンジット副隊長を待つが彼らは来ず、当然と言うべきか迷うところだが未だ怪我が完治していないと噂のクルライと姉に止められているのであろうハンネルも姿を現さない。


駆け込んで来た伝令がホビロン隊に割り振られた役割を告げ、いくつかの書簡を手渡して早々に立ち去っていくのを見送る。

さて、どうするべきか。本来ならば隊長を待たなければならない。だが、事は急を要するのだ。

何せ与えられた役割はガルバラン山の麓での避難民の誘導だ。

この雨で王都付近の河川でさえ氾濫を起こしている可能性すらある。

避難民は既に豪雨の中を王都に向かって来ており、悠長に構えている暇などない。

だが、精鋭教育小隊は騎士ではあるものの大多数が見習い騎士である。士官学校での成績優秀者しかいないとはいえ何故こんなに危険度の高い任務が割り振られたのか不思議だ。

全員の顔を見渡して、行けるか?と無言で確認を取り合う。


「……行きましょう」

「そうだな。このまま来ない奴を待ってても仕方ない。この中に士官学校の団体訓練で隊長を務めた経験のある者はいるか?」


全員が首を振る中で俺だけが「あります」と告げる。


「シャーレッツオ、悪いが俺たちは指揮を執ることに不慣れだ。士官学校での話を聞く限り指揮はお前が執るのがいいだろう」

「分かりました」


先輩騎士の指名に全員が頷き、まずは指揮系統を迅速に決め、大きな木製のテーブルに地図を拡げた。

団体訓練の時も副隊長を務めてくれたパッセが書簡を読んでいく。


「俺たちの担当は北方地区、ガルバラン山道及びノエイン川近辺。ノエイン川に氾濫の恐れあり。ガレル村から辻馬車三台、ラコット村は五台…」


いくつかの村の名前と辻馬車の台数をあげた後、パッセは頬を引き攣らせた。


「ショモナー領からも来るらしい」

「は?王領地以外からも来るのか?」

「領主は何やってんだよ」


騎士たちから声が上がるが気にしている暇はない為、パッセに続きを促した。


「ショモナー領から来るのは何台だ?」

「書かれていない。ただ領主一族が避難すると」


領主一族が領民を置き去りにして逃げるのか。開いた口が塞がらないとはこの事かと思うが気にする事は辞めにして指示を出すことにする。


「ガルバラン山の麓につき次第、パッセ組はラコット村方面に向かえ。サンチェス組は途中までパッセ組と同行、後に不服だろうけどショモナー領のバカ共を迎えに。ノエイン川の氾濫に注視しろ。ロア組はイゾルテ村方面に。原野が広がるが猛獣の住処が多い。残りは全て俺と共にガルバラン山道に向かう。注意点は進みながら伝える」

「了解」

「ショモナーから来るにはノエイン川沿いを進まないと道がないはずだ。もし途中で流されてるようなら放っておけ。各自、周囲に対する注視を怠るな。獣にも注意しろ。以上」


締めの言葉を合図に全員が一斉に動き、馬に乗り城を駆け出した。


土嚢を積み上げる私兵や騎士を後目に泥濘で足場の悪い道とも言えない道を馬を走らせながら考えていた。

そもそも雷鳴が響き豪雨が止みもしない中、何故見習いが多い精鋭教育小隊を危険が多いガルバラン山道やノエイン川に向かわせるのかを。

理由はおそらくひとつ。クルライ・ショモナーが所属する隊だからだ。

今頃、国王は……いや、影武者である伯父上は嘸かしお怒りだろう。

この緊急時に領民を捨てて危険を冒してまで王都に来ようとし、しかも迎えまで寄越せと言ったのだろうから。

来るのは前領主夫妻。クルライとアイリーンの祖父母だろう。そういえば以前カートイット伯爵が特出するものが何もないショモナー領の前領主夫妻が大量の宝飾品を買っていったものの支払いが遅く、取り立てに行ったと言っていたが相変わらず愚か者だということなのだろうなと深く考えることは止めた。

今の今まで欠片ほども思い出しすらしなかったのだ。俺自身、全く興味がなかったのだろう。

兎にも角にもこれでクルライがここに含まれていれば不満ながらに納得もせざるを得ないだろうが本人は居ないのだ。

鼻骨と肋骨が折れたくらいで、いつまで休むつもりなのかと思わなくもないが、それを今言ったところで仕方のないことだろう。



先頭を走る騎士が持つカンテラの灯りを頼りに進み、やがてガルバラン山の麓にある屋敷に着いた。

そこで馬に小休憩を与え、各組に別れて枝分かれになった道を進む。ガルバラン山道に向かうのは俺を含めた8名だ。

強くなる雨の中、山道を駆け上がり、漸く自分たちのものでは無いカンテラの灯が視界に入る。

「来たぞ!」と先頭を走っていた騎士が叫び、護衛に付いていたどこか見覚えのある傭兵と話つつ来た道を駆け下り――不穏な音が俺の耳に届いた。

何かが崩れ落ちるような木々が何かに押し潰されるような………


「急げ!土砂崩れだ!!」


声を張り上げた俺に呼応するように馬に鞭を入れ、辻馬車がけたたましい音を立てながら速度を上げた。

車輪が嵌らないことを願うしかない中、辻馬車が大きく揺れ一人の少年が転がり落ちる。

届かない、そう頭では分かっていても体は衝動的に手を伸ばし、ギリギリで掴み取った少年の腕を引き寄せ、愛馬となったホーリッドの嘶きが耳に届くと同時に泥濘んだ地面に叩き付けられた。


「クロウゼス!」

「止まるな!先に行け!!」


甲冑を身に着けていなかった分、重さはなく魔石のおかげもあってか体はそこそこ自由に動く。

だが、落ちたことへの驚きに加え俺の腕の中だったとはいえ衝撃を受けた小さな少年は倒錯し、暴れながら母親を呼んで泣き喚く。

幼い子供にこんな状況で泣き止んでくれと言っても聞いてくれるわけが無いのは分かりきっている。

何より近付く崩落の音に恐怖を覚えた。

死さえ覚悟するその状況にホーリッドは危険を察知してか、俺のいる場所からは少しだけ距離を置いて此方を見ていた。

逃げなかっただけ有難いし、本当に優秀な騎馬だと思う。

走らなければ――沈む足に力を込め、少年を抱き直そうとすると強く打ち付けた肩と背中、脇腹に激痛が奔った。それでも動くのだ。例え折れていたとしても動くのなら任を全うしなければ。

痛みに耐えて暴れる少年を強引に抱き直し、ホーリッドの待つ場所へ走り、勢いそのままに飛び乗った。

雨から少年を守るように外套の中に引き入れて、思い切り手綱を握り締め、ホーリッドの腹に足を入れた。


山道を駆け下り平坦な道になった頃に外套に隠した少年が静かに震えていることに気付き外套をそっと捲る。

潤んだ薄い茶の瞳からボロボロと涙がこぼれ落ち、小さく「痛いの」と訴えた。

抑えているのは左腕だ。おそらく強引に引き寄せたときに何かしらの怪我を負わせてしまったのだろう。


「少し待ってくれるか」


そう言って手綱から手を放し、右耳に付けていた緑の魔石でできたピアスを少年に持たせる。

本来なら渡すべきではない。治癒効果を持つ緑の魔石はかなり希少だということも理解している。

病気を治したりはできないし、俺が現在持っている魔石では折れた骨を治すことも不可能だ。

けれど少年が負っているであろう怪我くらいであれば治せるはずだ。


「これを握っていれば治るはずだ。でも、このピアスのことは誰にも言ってはいけないし渡してもいけない。勿論お母さんにもだ。痛くなくなったら返してもらわなきゃいけない。約束できるか?」

「うん」


グズグズと鼻を鳴らす少年にピアスを預け、再び手綱を握り合流を急いだ。


先を進んでいた馬車と合流し漸く麓の館に辿り着いた時、館前は既に多くの辻馬車とショモナー伯爵家の家紋を背負った馬車でごった返しており騒然としていた。

外では身形の整った馭者が庶民を乗せてきた辻馬車の馭者を罵倒し、それを後目に館内に入れば耳を劈くような女たちの甲高い怒声が響く。

あれをどうにか収めるには近付かなければならないかと腕の中にいた少年に視線を向けた。


「お兄ちゃん、もう痛くないよ」

「そうか。じゃあ、お母さんのところに行こうか」

「うん!これ、ありがとう」

「どういたしまして。お兄ちゃんはやらなきゃいけないことがあるから、あのお兄ちゃんと一緒にお母さん探してくれるか?」

「わかった!」


少年からピアスを受け取り他の騎士に預けてから騒ぎの原因を眺める。


「高貴な身分であるわたくしに庶民風情と席を一緒にしろですって!?わたくしを誰だと思っているの!」

「ちょっと!そんな汚らしい恰好で大奥様に寄らないで下さい!!」

「早く隊長を呼びなさい!いつまで待たせるつもり!?さっさと汚らしい者の居ない王都に連れて行きなさい!」


泥に塗れたまま俺はその声の主たちを見て、説得に当たっていた先輩騎士のサンチェスを呼ぶ。

「まぁ、聞こえた通りのことで、ある意味想定内のことだ」そう言ったサンチェスは呆れ返った表情でショモナー夫人から視線を外した。


「クロウゼス、お前は行くなよ?その姿で近寄ったら何を言われるか……」


現在は伯爵子息だが元々は男爵子息のサンチェスにとっては自分より上位にあたるため強く言えないのだろう。

俺はクスリと嘲りを含んだ笑みを零して、サンチェスに言う。


「それなら出てって貰えばいいだけですね。品も無く喧しい上に国の肥やしにもならない貴族なんて掃いて捨てるほどいますし、自分たちの私兵が居るんだから途中で死のうが寿命が縮もうが俺たちの知るところじゃないでしょう」

「……ショモナーはハオスワタの派閥にいるんだぞ?」

「それが何か?邪魔なものを間引いて何が悪いと言うのです」


サンチェスの目が見開かれたあと一拍置いて細まり、俺の肩に手を置いた。


「俺、お前のこと誤解してたみたいだわ。確かに邪魔なものを間引くのは悪いことじゃないよな?」

「えぇ、特に目の上のこぶは。そう思いますよね?サンチェス・ピンジット先輩」

「協力してやる。だから……」

「それ以上は野暮ですよ」


サンチェス・サナイ男爵子息……いや、現在はピンジット伯爵子息の彼はカルデンの義弟であり、とても野心に溢れる男だ。

そして紅蓮の魔女の毒牙にかかっていない騎士の一人でもある。

この一ヶ月間、紅蓮の魔女について調べる中で彼女をよく知り、そして嫌悪感を顕著にしている人物数人に行き着いた。

ピンジット伯爵は国王に忠誠を誓う臣下だが、一人息子のカルデンはハオスワタに傾倒している。その為に伯爵は妹の三番目の息子であり優秀なサンチェスを養子にしたらしい。

一方でカルデンは教育隊の副隊長にまで上り、後継者の座を自分のものだと言って憚らない。

それ故に伯爵にとってもサンチェスにとってもカルデンの存在は邪魔でしかなく、俺にとってもノミンシナに懸想するカルデンは邪魔な存在だった。

互いにとって邪魔なのであれば協力して潰せばいいだけのことだとサンチェスと企みを含む笑みを向けあった。


「ショモナー前伯爵夫妻は早く王都に行きたいと言って話を聞かず、騎士が引き留めるのを拒否して豪雨の中王都に向かった挙句、不運にも途中で馬車に不具合が起き氾濫に巻き込まれたんだな?」

「えぇ、その通りです。雇われている傭兵には《お還り》を見届けたら此方に戻るよう言って下さい」


サンチェスがニタリと口角を上げ、他の騎士のもとに向かおうとして一度止まり、俺の耳元で口を開く。


「面白いことにこの隊には俺みたいなのが集まってる。カルデン、クルライ、ハンネルを除けばな。安心して任せるといい。それと嘘臭いその敬語やめろ、気持ちわりぃ」


そう残して背中越しに軽く手を挙げ去って行くサンチェスを見送り、「本当に優秀な騎士が揃っていて助かるな」と独りごちてから俺はショモナー夫人に向かって歩を進めた。


「お待たせし大変失礼致しました。現在、隊長及び副隊長が不在のため、代行して指揮を執っております、私クロウゼス・シャーレッツオがお話を伺います」


恭しく頭を垂れて、喚き立てる女たちの前に立てば夫人は扇で口元を隠し泥で汚れた俺の姿を見て嫌悪を露わにする。

年嵩の侍女が間に入り、相変わらず無茶な要望を出してきた。

庶民を追い出せ、出来ないのなら早く王都に出立させろ、引き留めるのならもっと良い家具を王都から今すぐに持ち込めなどといったものだ。

間引くと決めた以上、確実に仕留めるための細工にそれなりの時間が必要だ。

一先ず紳士の仮面を被り、どれも了承できない旨を伝えれば侍女が声を荒らげる。


「貴方のような若輩の騎士では話になりません!今すぐ隊長を連れて来なさい!閑職された騎士家の二男風情が!そのような薄汚れた身形で気品高い大奥様に近付かないで頂戴!!まさか婚約者であるノミンシナ様の栄誉を笠に着て由緒正しきショモナー伯爵家にまで擦り寄って来ている訳ではありませんでしょう?!」


紳士の仮面を外すことは無いが、許されるのならこのババァを今すぐこの場で斬り殺してやりたいと一瞬剣に手が伸びかけ、耐えるためにその伸びかけた手を胸に当てた。


「まさか。私の婚約者は麗しく恋多き淑女です。運良く婚約者になれたとは言え、私が特別なのではないと理解しておりますよ。何よりノミンシナ様より寵愛を賜る方々に比べれば、その想いの重さは軽いのでしょう」

「ふふっ、弁えているようね?わたくしの孫に劣る存在なのだから対応には気を付けた方が宜しくてよ?」


夫人が直接話し掛けてきたと言うことは直答を許すということだろうが、そもそも前伯爵夫人と伯爵子息では地位に大した差はない。

一体どちらがハオスワタの栄誉を笠に着てるんだか、と内心で呆れつつ「心得ております」とだけ返した。


「ですが、現在王都への道はノエイン川が氾濫危険水位にまで達したことにより分断されかかっております。王都に向かうのなら早々に出立せねばなりませんが、ここに居る庶民もまた国王陛下が愛してやまない民で御座います。我らの任は避難してくる庶民を守り抜けというものであり、ここから動くことはできません。我ら騎士団は国王陛下の寛大なるご意志の下に、国王陛下の愛する民に寄り添わねばなりません」

「そう。では、早々に此方を立つわ。レイユ!さっさと髪を結い直しなさい!」


夫人にレイユと呼ばれた年若い侍女と一瞬だけ目が合い、互いに気不味そうに逸らす。

レイユが夫人の髪に櫛を通す間、年嵩の侍女が彼女を睨みつけているようだった。

その様子から、おそらくレイユは庶民から召し上げられたのだろう。

他にも数人レイユと同じ扱いを受けている者もいる。

道連れにするのは気が引ける為、多少思考した後で口を開く。


「ショモナー夫人、王都へ立たれるのであれば極力積荷を減らして行かれる方が宜しいかと。道が泥濘んでおりますので車輪が沈み嵌ってしまえば身動きが取れなくなります」

「あら、仕方ないわね。貴女たちは此処に残りなさい。元より下賤な身なのだから、この小汚い場所でも平気でしょう?」

「はい、大奥様」


結った髪を丁寧に整えながら彼女は了承を示し、同じく庶民から召し上げられた侍女と共に頭を下げ、壁際に立った。

そこにサンチェスが戻り、耳打ちする。


「出るのなら雨の強まった今が良いだろうとのことだ」


視線だけで了解を伝え、下がるように言って再び人好きのする微笑みをもって口を開く。


「出立されるのであれば、雨が弱まっている今が頃合かと存じます」

「うむ、では行こうか」


一向に口を開こうとしなかった倨傲な前伯爵が立ち上がり、夫人たちがそれに続く。

彼らを見送ったあとサンチェスから「傭兵の中に一人忍び込ませた」と報告を受け、一つ頷いて館内に戻った。

数時間後、傭兵たちに紛れて《お還り》を見届けたパッセから一言「恙無く」と報告を受けた。

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