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202.【後継者】

「あさ、ですか……」


「んぅ……ししょう……らめれすよぅ……」


 翌朝。わたしは、いつもよりかなり早い時間に目を覚ましました。窓の外はまだ薄暗く、差し込む朝日もどこか遠慮がちです。


 隣では、リベアが気持ちよさそうに寝息を立てていました。


 どうやらまだ夢の世界の住人らしく、すぅすぅと規則正しい寝息を繰り返しています。


「行ってきますね。リベア」


「いやぁでぇす……」


 寝ぼけているはずなのに、わたしの声にはしっかり反応するようです。嫌だ嫌だと駄々をこねるその様子に、思わず頬が緩みました。

 普段はどちらかといえば寝起きが悪いのはわたしの方なので、これはなかなか珍しい光景です。


「おや……?」


 身体を起こそうとした瞬間、不意に引き戻される感覚がありました。


 何事かと違和感のある方へ視線を向けると、リベアが右手でわたしの左手首辺りをしっかりと掴んでいます。


「……はなしませぇん」

「ふむ」


 こういう時は無理に振りほどこうとすればするほど、相手の握る力は強くなるものです。ですので、別の方法を取ることにしました。


 わたしはそっと身を屈め、リベアの顔へと近づきます。


 そして――。


 軽く、その額へ口づけを落としました。


「ふにゃぁ~……」


 間の抜けた声が漏れ、同時に、手首を掴んでいた力がふっと抜けました。


「この様子だと、まだ暫くは起きませんね」


 寝返りを打ったリベアは、幸せそうな顔のまま再び眠りへ落ちていきます。


「……ですが、その方が出発はしやすそうです」


 わたしは寝巻の上から上着を羽織り、静かに部屋の入口へ向かいました。扉に手をかけたところで、一度だけ振り返ります。


 そこには、安心しきった表情で眠る弟子の姿がありました。


 無防備で。穏やかで。まるで子供のような寝顔。


――愛おしい。


 その感情が、不意に胸の中を満たします。


 これが師匠としてなのか。それとも別の感情なのか。


 まだ、わたし自身にもはっきりとは分かりません。


 けれど――。



「早く帰ってくるからね」



 小さく呟き、わたしは部屋を後にしました。


◇◇◇


 自室へ戻ったわたしは、大賢者としての正装へと着替えます。鏡に映るのは、弟子の前で見せるティルラ・イスティルではありません。


 フィルレスム王国の大賢者としての自分です。


「この疫病を解決し、その背後にいる人物を叩かねばなりません」


 ローブの襟元を整えながら、わたしは小さくその名を口にしました。


「――“愚者”」


 その名を、再び耳にする日が来るとは思いませんでした。


 捕らえたネウロの証言によれば、シェラには慕っていた――崇拝していた人物がおり、その人物こそが魔族と繋がる真の黒幕である可能性が高いと。


 愚者。


 それは、多くの魔法使いたちと敵対した危険な思想の持ち主です。


 混沌を望み。


 世界の停滞を嫌い。


 己の永遠のみを追い求めた異端。


 大賢者とは正反対の存在です。


「先代の愚者は、師匠が始末していた筈。わたしが師匠に拾われる前に、討伐されたという話を孤児院で職員が話していたのを覚えています」


 大賢者によって討たれた存在。


 それが、今になって再び動き始めている。


「復活したのか……それとも」


 ふと、自分の胸元へ視線が落ちます。


「わたしと同じように、“愚者”の名を継いだ者が現れたのか――」


 トントントン。


 不意に、扉を叩く音が響きました。


「失礼します。補佐官のリィーネです。大賢者様、いらっしゃいますか?」


 聞こえてきたのは、補佐官であるリィーネさんの声でした。


「いますよ」


 わたしは手を止め、扉の方へ視線を向けます。


「すみません。今、着替えの途中でして。何かありましたか?」


「出発予定時刻まではまだ数時間ありますが、皆様の準備が予定より早く整いそうです」


「そうですか」


 思ったよりも早い。


 それだけ、この件に対する皆さんの危機感が強いということなのでしょう。


「分かりました。では皆さんにお伝えください」


 一呼吸置く。


「1時間後に出発します。予定を繰り上げて、少し早く魔法統率協会へお邪魔しましょう。どうせアポは取ってないんです。早く行っても遅く行っても変わりません」


「承知しました!!」


 足音が遠ざかっていく。わたしは静かに目を閉じます。


 弟子の前では、ただの師匠でいい。


 けれど外に出れば、そうはいかない。


 相手が誰であれ、今のわたしはフィルレスム王国の大賢者。国を守り、人々を導き、脅威を討つ者。


 その責務から逃げることはできない。だから――わたしは大賢者としてその使命を果たすまでです。


「……行きましょうか」


 わたしは杖を握ると、自室から出ました。

 大賢者の正装であるローブを翻すと、廊下を歩き始めます。

 師匠がこれまで歩んできた道を、今度はわたしが歩み始めていました。

ここまで読んで頂きありがとうございます!


「面白い」

「続きが気になる」

「リベア可愛い!」


と思ったら、広告下↓の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると嬉しいです。


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