閑話.ソフィーの恋の行方 1
どこに載せるか悩みました。この話は載せないとも思いました。けれど判断が難しかったので読者に委ねます。
これは一人の少女の恋の行方です。
一旦飛ばして、後で読んでも、このまま続けて読んでも大丈夫です。
ティルラの物語とは少し、ズレるので。
ユリア様と並んで歩きながら、私はずっと彼女――ティルラのことを考えていた。
(ティルラ・イスティル。私の初恋の相手)
初めて彼女の存在を知ったのは、お母様から大賢者様の弟子の話を聞かされた時だった。
『山の麓に大賢者様が住んでいらっしゃるのだけれど、そこにあなたと同じくらいの歳のお弟子さんもいるみたいよ』
あの時、お母様が何を思って私に、その話をしたのかは分からない。
ただ、当時の私は魔法というものが大嫌いだった。
魔法を扱えないというだけで、他の貴族の子供たちから笑われ、疎まれ、人間関係に疲れ果てていた。
都会から離れ、わざわざ田舎の山奥までやって来ても、心が休まることはなかった。
このまま大人になり、本格的に社交界へ出ればどうなるのか。
そんな未来を想像しては、幼いながら絶望していた。
当然、友達などいない。だからこそ気になった。
大賢者の弟子。
その最高峰と謳われる魔法使いに選ばれた子が、どんな人物なのか。
私は話を聞くや否や、外出の準備を始めた。
急な申し出だったにもかかわらず、玄関には当然のように迎えが待っていた。
おそらく、お母様が手を回していたのだろう。
『カルラ……』
『お待ちしておりました、お嬢様。さあお散歩に参りましょうか』
従者として選ばれたのはカルラだった。
メイドでありながら護衛も務める、腕利きの女性。
準備を終えた頃には夕方になっていた。それでも外出を許可されたのは、彼女がそれだけ信頼されていたからだ。
『……行くわよ』
きっと私は、ティルラに勝手な幻想と期待を抱いていたのだと思う。
大賢者に選ばれるような子は、どこへ行っても人に囲まれ、誰からも愛される太陽のような存在なのだろう、と。
けれど――。
実際に会って話した彼女は、私の想像とは正反対だった。
いじっぱりで、反抗的。
どちらかといえば、自分に似ていた。
もしも彼女が、素直で明るく、誰とでもすぐ仲良くなれるような子だったなら、きっと私は近づこうとはしなかった。
だけど、そうではなかった。
彼女には共感できた。
もっと知りたいと思えた。
自分と同じような孤独を抱えているように見えて、だからこそ、もっと仲良くなりたいと思った。
「私は今でも、あの時――」
祝典の日の後に行われた祝賀会の光景が脳裏をよぎる。新たな大賢者を祝う華やかな宴。あの場で、彼女は多くの人々に囲まれていた。
感謝され、祝福され、愛されていた。
それはとても嬉しかった。
けれど同時に、胸の奥に醜い感情が生まれていることにも気づいてしまった。
——私だけのティルラじゃなくなっていく、と。
ソフィー。
彼女に名前を呼ばれる。彼女の隣に立つことは、私にとって特別だった。
けれど、いつの間にか。
その特等席にいたのは、自分ではなくなっていた。
ティルラが一番に名前を呼び。誰よりも近くにいて。誰よりも信頼を寄せている。その相手は、もう私ではない。
リベアだった。
彼女が悩み、苦しんでいた時。私は歩み寄れなかった。勇気を出せなかった。だから、その席を失った。奪われたのではない。
自分でその資格を手放してしまったのだ。
(……もう、私は必要ないのかもしれない)
それでも。
まだ――。
ユリア様の部屋の前まで来たところで、彼女が不意に振り返った。
「それで、どうしたいの?」
その瞳が真っ直ぐに私を見る。
「ティルラさんの事でしょ?」
この人には、最初からお見通しだったのだろう。
そもそも気づいていないのは、当の本人たち――お互いしか見えていないあのバカ師弟くらいなのかもしれない。
「アリス……様」
私は立ち止まった。
「私は、出会った時からティルラが好きでした」
胸の奥に閉じ込めていた想いを、一つずつ言葉にする。
「一目惚れでした。彼女の顔はいつも輝いていて、とても綺麗だったんです」
突然の告白を聞いても、ユリア様は少しも動じなかった。
ただ静かに頷く。
「うん。そうだろうね。いつだって、君の視線はティルラを追いかけていた」
「……私は男性より女性が好きなんです」
声が震える。
「これは貴族としての責務から逃げた事になるのでしょうか? 放棄した事になるのでしょうか?」
「今はただのアリスだからね」
彼女は柔らかく微笑んだ。
「何も思わないよ」
その言葉だけで、胸の奥が少し軽くなる。
「それに、ソフィー・グラトリアの噂くらい私の耳にも入っていた。だから隠さなくていいよ。全部聞く」
「……私はティルラのことが好きなんです」
何度も。
何年も。
誰にも言えなかった言葉。
「なんだかんだ、自分が一番に彼女の隣にいられると信じていました」
「うん」
「でも、そこに強力なライバルが現れた」
脳裏に浮かぶのは、リベアの笑顔。
「その時初めて、私は焦りと不安を知りました」
「気づいてたよ」
ユリア様は優しく言う。
「ティルラさんの家に行った頃から。ずっと前から、その想いは変わる事なく育っていたんでしょう?」
「……はい」
「フィアさんにも言われてたんじゃない?」
図星だった。
「完全に取られる前に、自分の気持ちを伝えなさいって」
「……はい」
「でもしなかった」
彼女は続けて言う。
「それは何故か? 今の関係を壊すのが怖かったから。違う?」
「……はい」
認めるしかなかった。
「私はね」
ユリア様は穏やかに笑った。
「頑張っている子の味方だから、基本的にはリベアちゃんを応援してる、けどね」
私の手を取り、両手で強く握る。
「恋する女の子全員の味方でもある」
その言葉に、張り詰めていたものが少しだけほどけた。
誰かに否定されると思っていた。
笑われるかもしれないと思っていた。
それなのに。
目の前の少女は、まるで当たり前のことのように受け入れてくれた。
「ソフィーさんにとっておきの言葉を授けてあげる。こういう時は———だよ!」
彼女の言葉を聞いて、ようやく決心がついた。満足そうに微笑む私に、ユリア様は聞いた。
「最後に一つだけいい?」
「はい」
「なんで私に話したの?」
首を傾げながら、彼女は続けた。
「フィアさんとか、ケイティーさんとか。もっと近しい人たちもいるでしょ?」
「それは……」
私は少しだけ視線を落とし。
そして、正直に答えた。
「アリス様は、私と似たような悩みを抱えているような気がして……」
失礼かもしれない。踏み込みすぎかもしれない。そう思いながらも、私は言葉を続けた。
「だから、きっと共感していただけるんじゃないかと思ったんです」
「…………」
「もしお気を悪くされたなら、申し訳――」
そこまで言いかけた時だった。
ふっ、と。
アリス様が小さく笑った。
「……やっぱり」
「え?」
夕陽に照らされた横顔は、どこか寂しそうで。
それでいて、とても優しかった。
「女の勘って、案外当たるものなんだよね」
そう呟いた彼女は、少しだけ空を見上げた。
まるで。遠く離れた誰かを想うように。
そして――。
「じゃあ今度は、私の話も聞いてもらおうかな。まあある程度は想定済みだと思うけど」
その笑顔の奥に隠された想いを。
私はまだ、知らなかった。
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