200.みんながお見舞いに来てくれました! 後編
「暫くの間は王都にいる予定だから、時々顔を出すよ」
「ちゃんとティルラ様の言うことを聞いて、安静にしてるのよ」
「お父さんとお母さんも、体には気を付けてね! 病に罹らないで!!」
「お父さん達は無敵だから安心しなさい」
「無敵なのは言いすぎだけどね。リベアは今、自分の心配をしてなさい。まだ治ったわけじゃないんだから」
「はぁ~い」
リベアは素直に返事をするものの、その声音にはどこか安心したような甘さが混じっていました。
両親に会えたことで、張り詰めていたものが少し緩んだのでしょう。やがて、リベアのご両親は名残惜しそうに部屋を後にしました。
扉が閉まり、室内が静けさを取り戻してから、ほどなくして――。
再び、軽快なノック音が響きます。
「やっほー! リベアちゃん!! お見舞いにきたよー」
「ユリ――アリスちゃん!?」
勢いよく現れた最後の来客。
それは、我がフィルレスム王国の第二王女――ユリア・デレレーク・シンシア・フィルレスム様。
通称、アリスちゃんでした。……ええ、何が“通称”なのか分かりませんよね。
簡単に言えば、平民に成りすましている時の姫様です。
本人はかなり気に入っているらしく、義両親と会って以後も、お忍びで出かける際には“アリスちゃん”として名乗り、それが周囲にも定着しつつありました。
「え、ユリア様? 今日のお見舞いリストに姫様は居なかったはずじゃ……。あ! 偽名を使われましたね! お仕事の方は大丈夫なのですか?」
「ここにユリアはいないわ。私はただのアリスよ。そしてアリスは神出鬼没なの」
胸を張って言い切るアリスちゃん。
なぜか決め顔です。
「とんでも設定ですね~」
「ちょっとティルラ。姫様の前なのよ! 少しは遠慮というものを……」
ソフィーが口を挟みました。何をそんなに警戒しているんですかね。
本人が今はただのアリスだと言ってくれているのに。
少しはわたしを見習ってほしいものです。
「ティルラ。私はね、あなたみたいに図太くないのよ」
「あ、声に出てた」
「ふふっ。ティルラさんくらい色々緩ければ、もっとみんな楽なんだけどね」
「根っからの貴族である私には無理です。この子が例外なだけです」
「例外って言われましたー!」
わたしが抗議すると、ソフィーが“やっぱりこの子はダメだ”みたいな目を向けてきました。
失礼極まりないですね。
「そこはソフィーさんにも頑張ってほしいけどなー。ま、いいや。それより、貴重な時間が減っちゃう」
アリスちゃんはそう言って、改めてリベアの方へ向き直ります。
「リベアちゃん、大丈夫?」
「はい。今はお陰様でかなり楽になりました」
リベアは嬉しそうに身体を起こしながら答えました。
「この部屋とか、色んな手配をアリスちゃんがしてくれたって、師匠から聞きました。ありがとうございます」
「いいのいいの。リベアちゃんは、私の数少ない大切なお友達だからね」
アリスちゃんはそう言いながら、ベッド脇の椅子へ腰掛けました。
その笑顔は、王女として見せる完璧な微笑みではなく、“アリスちゃん”としての柔らかいものです。
だからでしょうか。
リベアも自然と表情を緩めていました。
「それにしても、学院の件は聞いたよー。無茶したんだって?」
「うっ……」
「ダメだよー? リベアちゃん、自分の命を軽く見ちゃ」
「……はい」
「まぁ他の人からも、もう色々言われた後だよね。よしよし」
珍しく、リベアがしゅんと肩を落とし、うなだれます。
けれど、その頭をアリスちゃんは優しく撫でました。
「でも、助けたかったんでしょ?」
「……うん」
「なら、その気持ちは間違ってないと思う」
穏やかな声でした。
「大賢者の弟子様は立派だね」
責めるでもなく、甘やかすでもなく。
ただ、リベアの想いそのものを肯定するような声音。
「だから今度は、ちゃんと生き残ることも覚えないとね」
「……頑張ります」
「よろしい!」
満足そうに頷くアリスちゃん。
そのやり取りを見ながら、わたしは小さく息を吐きました。
(今日のお見舞いでよく分かりました。もうリベアの周りにはわたし以外にも沢山いるんですね。彼女を支えてくれる人が)
こうして誰かがリベアのそばにいてくれることが、今はとてもありがたいです。
その後もしばらく、部屋の中は穏やかな空気に包まれていました。
アリスちゃんは椅子に深く腰掛けたまま、王宮の噂話や昔を持ち出しては、時折リベアを笑わせます。
「そういえば最近、お父様ったら難しい顔ばっかりしてるんだよねー。王様って大変」
「アリスちゃん、そんなこと言って大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫。ここにいるのは身内みたいなものだし」
気安い調子で笑い飛ばしながら、リベアの額にそっと触れる。熱がないことを確認しているのでしょう。
「でも、ほんと良くなってきて安心した。無理だけはダメだからね?」
「はい! ちゃんと安静にします!」
「本当に?」
「……たぶん」
「たぶんじゃなーい」
ぺしっと軽く額を小突かれ、リベアが「ふにゃっ」と情けない声を漏らします。
思わずソフィーが吹き出し、部屋の空気が少しだけ和らぎました。
そんな穏やかな時間も、長くは続きません。
窓の外に目を向けたアリスちゃんが、小さく「あ」と声を漏らしました。
「……そろそろ時間かぁ」
名残惜しそうに立ち上がり、服の皺を軽く整えます。
「ごめんね、リベアちゃん。ほんとはもっといたいんだけど、あんまり長居するのもよくないし、私だけ面会時間延ばすのもズルいからね。今はただのアリスだし」
「いえ! 来てくれただけでも嬉しかったです。ありがとうございました!」
「うん。また顔出すよ」
にこっと笑い、アリスちゃんは扉へ向かう。
その背中を見送っていたソフィーが、少し躊躇うように口を開きました。
「ユリアさ……」
「ん? だぁれ?」
どうやら”アリス”と呼ばれなければ反応しないご様子。意地悪な方ですね。
「あ、アリスさんに――」
「――ちゃん」
「アリスちゃん! に少し相談したいことがありまして。このあと時間をいただいてもよろしいですか?」
言い直しを要求されたソフィーは、うぐぐ……とでも言いたげな表情を浮かべながらも、ご要望に沿ってアリスちゃんと素直に呼び直しました。
「あんまり長くならないならいいよ。私もこのあと、お父様たちに今後の事で呼ばれてるから」
「もちろんです。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるソフィー。
そして二人は、そのまま連れ立って部屋を出ていきました。
扉が閉まると、室内には一気に静けさが戻ってきます。わたしも、そろそろ席を外した方がいいでしょうか。
今日の予定は、このあと特に入っていません。けれど、人がいてはリベアも十分にリラックスできないでしょう。
そう考えていると、わたしの考えを察知したのか、不意にリベアが不安そうな顔でこちらを見上げてきました。
「師匠。師匠は帰らないですよね?」
うちの弟子は、これでもかというくらい目をくりくりさせながら、じっとこちらを見つめてきます。さらに追撃とばかりに、わたしの袖をぐいぐい引っ張ってきました。
「……わたしに、居てほしいんですか?」
「はい! 居てほしいです!!」
即答でした。
しかも、それだけでは終わりません。
「あと、師匠タイム……」
どうやら敬語をやめてほしいみたいですね。
まったく、この子は。
わたしは小さくため息をつきながら、先ほどまで姫様が座っていたベッド脇の椅子へ腰を下ろしました。
「……仕方のない子。これでいい?」
「はい!!」
ぱあっと花が咲いたように表情を明るくするリベア。その笑顔を見ていると、もう、なんか全部どうでもよくなります。
「えへへー。師匠大好きです!」
「わたしもだよ。リベア」
結局、弟子のお願いに負けたわたしは、その日、王宮で与えられている自室には戻らず、リベアの部屋で一緒に過ごすことにしました。
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