197.ナンパなんて許しませんっ!!!
「それにしても、驚きました……この国に、わたし以外にも“失われた魔法”を扱える人物がいるなんて。師匠の言っていた確率も、あまりあてになりませんね」
国王から部隊の振り分けを聞き終え、各隊の代表者たちとの打ち合わせを終えたわたしは、会議室を後にしてリベアのもとへと向かっていました。
廊下を歩きながら、口に出すことで現状を整理していきます。
「日に日に患者の数は増え続け、死者もさらに増加しています。医療者の手が足りなくなるのも、時間の問題でしょう。早めに動かなければなりません」
わたしに与えられた役目は、魔法統率協会にいる少女の確保。
通称――大賢者組。……いえ、部隊名はわたしが適当に付けただけなのですが。
「勇者組は魔族の情報収集のため、魔王討伐跡地へ。その他の研究者や非戦闘員は待機組として後方支援に回る……リベアも当然、そちらに組み込まれていましたね。わがままを言わなければいいのですが」
対策本部のリーダーとはいえ、それはあくまで名目上のもの。
実際のわたしは指揮を執るというより、自ら動くことの方が多くなりそうです。基本的な方針は国王夫妻を中心に定められており、わたしの役割は――その象徴であること。
大賢者が先頭に立って動く姿を見せること。それ自体が、民衆を安心させるための“材料”なのです。
そして、その狙いは上手く機能していると言えるでしょう。
今も王都に大きな混乱はなく、市民たちは指示に従い、秩序を保ってくれていることがその証明です。
「さて……予定より少し遅くなってしまいましたが、あの子はいい子にしているでしょうか?」
遅れて顔を出すと、決まって拗ねるのです。
「ふぅん、ふぅん。ふんふん!」などと、意味の分からない音を発し始めるので、正直めんどくさい彼女みたいですよ。やれやれです。
そんなことを考えながら、扉の前に立ち、軽くノックもせずに開けました。
「リベア。今戻りました――あ?」
部屋の中には、ベッドに横たわるリベアと、その傍にもう一人の女性の姿がありました。
「なによ、その顔は。私がここにいちゃいけないの?」
「…………ソフィー」
そこにいたのは、わたしの旧知の友人――ソフィーでした。
各部隊の代表者のみが残って話をしていたため、彼女は一足先に戻ってきていたのでしょう。
「師匠が帰ってくるの遅いので、代わりにソフィーさんとイチャイチャしていました」
「そうよー。ダメじゃない。こんなにかわいい子を一人にさせちゃー」
「きゃー師匠~。助けてー! ソフィーさんに襲われてます」
リベアの頬に頬ずりをするソフィー。
その光景に、わたしの拳は自然と力がこもりました。
「離れてください!! リベアは今、病人なんですから」
二人の間に割って入り、強引に引き離します。
「え~。本当にそれだけなのかしら~?」
「そうですが。それ以外に何があるんですか?」
「……ふーん。まあいいけど」
ソフィーはにやりと笑いながら肩をすくめました。
「そういえば、帰り際に勇者に声をかけられてなかった?」
「ああ、そうですね。少しだけ話しました。何気に初対面だったんですよね、勇者様とは」
「え、師匠。まさか勇者様に口説かれたんですか!? 勇者許すマジです!! 今すぐに一言言ってやらねば! 抗議です! 抗議! 師匠は私だけの人ですから!!」
「いえ、口説かれてはいませんから。あの方はそういう人ではありませんよ」
ぎゃおぎゃおと騒ぎ出したリベアを宥めつつ、わたしは先ほど彼としたやり取りを思い返します。
「私が関わる機会は今後もないでしょうけれど……魔王を倒した英雄様は、その、どうだったの?」
「最初にお礼を言われました。婚約者である第一王女ビエンカ様を助けてくれてありがとう、と」
「へえ」
「……率直に言えば、凡庸な方でしたよ。魔王を倒したと聞いていたから、もっと荒々しい方、俗にいうオラオラした方を想像していたのですが、とても気さくで、穏やかな好青年でした」
あの頃、国中が魔王討伐の歓喜に包まれていた中で。わたしは屋敷に籠り、研究に没頭していました。
――師匠を失い、何もかもがどうでもよくなっていたあの時期。
一緒に祝福しなかったことを少しだけ、申し訳なく思います。
「いずれにせよ、今後の方針ですが……わたしは現場で動くことが多くなるでしょう。不測の事態に即応できるのは、わたしと勇者クロス様くらいでしょうから」
「そうね。勇者クロスを筆頭に、騎士団からも精鋭が選抜されているみたい。あなたの方もそうでしょ?」
「はい。このあと補佐官が、宮廷魔法士団からわたしに同行するメンバーを選出する予定です」
その時、リベアが不安げに口を開きました。
「あの……私は、どこに所属になるんですか? 私も関係者だから、所属できますよね?」
「それは――」
言葉に詰まりかけた瞬間。
「リベアちゃんは私と同じ、待機組よ」
ソフィーがあっさりと告げました。
「ここで安静にしていなさい」
言いづらいことを代わりに言ってくれたことに、内心で感謝します。
「……師匠とは、別行動ということですよね」
「リベア。分かってください。今は身体を治すことが最優先です」
「ティルラの言う通りよ。それに――あなたに会いに来てくれている人たちもいるわ。今、連れてくるから」
「私に、ですか?」
「ええ。ティルラも来て」
「わかりました。リベア、少し席を外します」
部屋を出ると同時に、ソフィーの表情が一変しました。
真剣な眼差しでこちらを見つめ、わたしの袖をそっと掴みます。
「……ねえ。この感染症について、はっきり分かっていることは? リベアちゃんは……治るの?」
わたしは一度息を整え、簡潔に答えました。
「発症者には必ず紫色の斑点が現れます。そしてもう一つ――魔素への耐性が高い者ほど、生存率が高い」
ゆっくりと言葉を選びながら続けます。
「わたしのように、幼い頃から高濃度の魔素環境で過ごしてきた人間は、仮に罹患しても重症化しにくい傾向があります。しかし王都の魔素は基本的に薄いため、耐性の低い人が多い。耐性の低い人ほど症状が悪化しやすいのです」
「……リベアちゃんは?」
「耐性自体は高いです。ただし――元凶と見られるフレミーに直接接触したことで、重症化したと考えています」
そして、わたしは静かに結論を述べました。
「完治するかどうかは、まだ断言できません。ただ――命の危険は、もうないと判断しています」
「……そう」
ソフィーは小さく頷きました。
「分かった。私もできることをするわ」
「お願いします」
こうして部隊は三つに分かれ、それぞれの任務へと動き出しました。
待機組に関しては後方支援や治療、研究が主な任務です。
勇者組は魔族の動向調査。
そして――大賢者組。
その目的はただ一つ。
この病の解明の鍵となる【神級魔法】の使い手――少女の確保。
逃れられない運命が、すぐそこまで迫っていました。
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