195.対策室のリーダーは……
◇◇◇
「確か……ここを曲がって。突き当たりの部屋ですね」
疫病の蔓延を受け、王国は特別対策本部を設置することになりました。今日はそのメンバーが初めて全員集まる日です。
そして何を隠そう、その対策本部のリーダーを務めるのが、わたし。大賢者ティルラ・イスティルなのです。
……いや、本当に、どうしてこうなったのでしょうか。
廊下を歩きながら、わたしは小さくため息をつきました。
確かに大賢者として、それなりの責任ある立場ではあります。けれど、疫病対策の総責任者などという大役を任されるとは、さすがに想像していませんでした。
(わたし、病気の専門家ではないんですけどね。まあ一種のプロパガンダで、民からの支持があつい大賢者が適任ということでしょう)
重厚な扉の前で足を止め、わたしは一度だけ呼吸を整えます。
そして、そっと扉を押し開きました。
部屋の中には、すでに一人の人物がいました。
「あ、こんにちは!」
ぱっとこちらへ振り向き、元気よく声をかけてきます。
「国王陛下から推薦を受けまして、本日よりティルラ様の補佐官を務めさせて頂きます。リィーネと申します! 家名はありません。元貴族でしたが、既に貴族の身分は捨てたので!」
開幕一番から、とても勢いのある挨拶でした。
そしてそのまま、勢いよく頭を下げます。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
わたしも遅れて軽く会釈しました。
改めて彼女を見ます。
髪は青に近い淡い水色。肩口で軽く揺れるその髪は、左右がぴょこんと跳ねた独特の形をしていました。まるで猫の耳のようです。
……しかも、微妙に動いているような気がします。
気分と連動でもしているのでしょうか。
「あなたの話は聞いています。大変優秀だとか」
「いえいえ!」
リィーネさんは慌てたように両手を振りました。
どうやら褒められるのには慣れていないようです。頬が少し赤くなっていました。
「大賢者様の弟子であるリベア様が倒れられたと聞きました。彼女に比べれば、僕などまだまだです」
そう言って、彼女は少しうつむきます。
先ほどまでの元気な雰囲気が、わずかに影を落としました。
「ましてや……弟子の立場をお借りする形で、そばにいさせて頂くこと。どうかご容赦ください」
「大丈夫ですよ。そのような事で気分を悪くしたりしませんから」
「ありがとうございます!」
ぱっと顔が明るくなります。
本当に感情の変化が分かりやすい人ですね。
「この後、デルフォン姉妹も来るみたいですし、国が対策に本気だという姿勢が伝わりますね」
「ですね。大賢者様をはじめとして、多くの実力者が集められているようです」
リィーネさんは、どこか誇らしげに胸を張ります。
「あと僕、王宮では文官の最高位で働いているので、“室長”とも呼ばれているんです! お好きな呼び方でどうぞ!」
……今、さらっとすごいことを言いましたね。
そんな肩書きを持つ人が、なぜここまで軽やかな雰囲気なのでしょう。
そして彼女は、少し身を乗り出してきました。
「あ、それと知っているかもしれませんが、少し前までケイティーっていう変態錬金貴族の元で護衛もしてました!」
「……ん?」
思わず首を傾げます。
「ケイティー?」
一瞬だけ考えて――。
「あ!」
思い出しました。
「そういえば、護衛してくれていた魔法士がいるって彼女が言っていましたね。ということは、かなりの手練れですね。うちのケイティーがご迷惑をおかけしました」
「大賢者様に比べたら僕なんて全然ですよー。それにケイティーとはそこそこ楽しくやってましたから」
「けれど正式な護衛にはならなかったんですよね」
「うん。僕はどこにも所属しないで、自由に動きたい主義だったので!」
「……今は、王室文官の最高位なんですよね?」
「ははは……」
リィーネさんは遠い目をします。
「まあ、その辺は……色々ありまして」
……おそらく、やり手の誰かに捕まったのでしょう。
その時でした。
扉が再び開きます。
わたしとリィーネさんが同時に振り向くと、背の低い少女が堂々とした足取りで入ってきました。
「むっ、一番乗りではなかったか」
腕を組み、こちらを見上げます。
「おお、大賢者。息災だったか? 今回は一緒に仕事ができると聞いて楽しみにしておったぞ」
「リンズ! 国やお弟子さんが大変な時に、のんきな発言をしないの!」
慌てて制止する声と共に、もう一人の女性が続いて入室してきました。
「ティルラ様、妹が大変なご無礼を」
続いてやってきたのはデルフォン姉妹。いつもの凹凸コンビですね。
姉であるサリアさんが、わたしへ深く頭を下げました。
「いえ。気にしてませんよ。お二人は相変わらずですね」
「す、すまぬ。ティルラ」
リンズさんが、少しだけ肩をすくめました。
それからも扉は何度も開き、次々と人が集まってきます。
軍の指揮官。
医療の第一人者。
宮廷魔法士団の代表。
王国でも様々な分野で指折りの実力者たちです。
部屋の空気は、次第に緊張感を帯びていきました。
――さすが国王夫妻。
この短期間で、これだけの人材を集めるとは。
そして最後に。重厚な扉が静かに開き、国王夫妻が入室しました。
それまでのざわめきが、嘘のように消えます。
「……揃ったか」
国王の、低く落ち着いた声が響きました。
「全員、席についてくれ」
その一言で、室内の空気が一瞬にして引き締まります。
誰もが静かに椅子へ腰掛けました。
こうして――王国史上最大の疫病に対抗するための、第一回特別対策会議が始まったのです。
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