194.王国の病
突如として、王国全土を襲った謎の病。
発症した者たちに共通して現れるのは、全身に浮かび上がる紫色の斑点でした。
それは単なる皮膚の変色ではなく。
発熱、倦怠感、全身の痛み、そして時間が経つにつれて内臓にも影響を及ぼしていく、極めて危険な症状を伴っていました。
さらに厄介なことに、この病は――通常の治癒魔法では完治しません。
貴族や高位魔法士が扱う高度な回復魔法ですら、症状を完全に取り除くことはできず、痛みや衰弱を一時的に和らげる程度に留まっています。現時点ですでに王国は多くの死者を出しており、二次感染を恐れた他国は入国や交易を断り、事実上、孤立した国となってしまいました。
ある程度自給自足はしているものの働き手は有限であり、このままではいずれ食料が尽き、最終的には飢えがまっています。
「診察を受けた方は、貰った腕章の色ごとの区画に進んでくださいー!」
「押さないでください! 焦らなくても大丈夫です! 全員、きちんと治療しますから!」
窓の外では、受付役を担っている医療従事者の職員さん達が声を張り上げ、忙しなく働いていました。王宮の兵士達も市民が混乱を起こさぬよう、道沿いに配備されています。
彼ら全員には簡易的な防護魔法が施されていますが、どれくらいの効果があるかは分かりません。まだ、この病の感染経路すら判明していないんですから。
(この疫病が王国内で発生してからもう三日……)
わたしは窓辺に立ちながら、外の様子を冷静に観察していました。
(王宮内で職務中に感染した職員は、今のところたったの二件)
この事実は一つの可能性を示しています。
(少なくとも空気感染ではなさそうですね)
わたしは医学の専門家ではありませんが、状況を整理すれば、ある程度の推測はできます。
(つまり……別の感染経路があるはず)
水か。食事か。あるいは魔術的な何かか。
どちらにせよ、まだ断定するには材料が足りませんでした。
(もしリベアがあそこに並んだら……今は黄色区画ですね)
窓の外で、患者たちは腕章の色ごとに分けられていた。
赤――重篤で即座の治療が必要な者。
黄――自力で行動はできるが、症状が急激に悪化する可能性がある者。
緑――比較的症状が軽い者。
(わたしの弟子であるおかげで、この部屋を使わせてもらっていますが……)
もし一般市民だったなら、ここまでの待遇は受けられなかったでしょう。
(ケガもしていたので、体調を維持するのも相当厳しかったはず)
わたしも四六時中張り付いていられるわけではないので、王室の手厚い看護が受けられるのは本当に助かっています。
「う……うぅん……」
背後から、もぞもぞと寝返りを打つ音が聞こえ、わたしは窓から視線を外し、振り返ります。
「リベア。体調はどうですか?」
ベッドの上で、弟子がぐったりとした様子で顔をしかめていました。
「さいあく……です……」
弱々しい声が返ってきます。
「全身気持ち悪いです……あと、傷跡にも響きます……」
「そうですか」
わたしは小さく頷き、優しく額を撫でます。
とても熱い。
「今、係の者を呼んだので服を取り替えましょう。何か食べられそうですか?」
「いら……ないです」
リベアは目を細めながら、ぼそりと呟く。
「師匠を食べたいです」
「……それぐらい軽口が叩けるなら、まだ大丈夫ですね」
現在、この部屋には24時間体制で医療職員が待機しています。リベアはフレミーに直接侵された影響なのか、ここへ運ばれてきた時点で誰よりも症状が重く、そのため、ここ数日はわたしもほとんど付きっきりでした。
廊下の向こうでは、王宮の職員たちが慌ただしく動き回っている気配がします。
やがて扉がノックされ、侍女が一人入ってきました。
「失礼いたします」
彼女は手際よくリベアの着替えを手伝い、シーツや枕も新しいものに交換していきます。
作業は驚くほど迅速で、あっという間に終わりました。
「少し気分がスッキリしました」
リベアが小さく笑います。
「それは良かったです……」
わたしの前だからか、少し気丈に振る舞うリベアの身体には今もなお、紫の斑点が色濃く広がっています。肩から腕、首筋、そして頬の一部にまで。
リベアはそんなわたしの視線に気づいたのでしょう。
わざとらしく胸を張り、明るい声を出します。
「そんなに心配しないでくださいよ。私はこの通り生きています! 師匠と結婚するまでは死んでも死に切れませんからね!!」
「……本当に、この弟子は」
わたしは思わず小さく息を吐いて、笑い、うりうりと優しく頭を撫でました。
「師匠はそろそろ時間ですよね?」
「ええ、皆さん集まり出しているはずですので。そろそろいってきますね。安静にしてるんですよ」
ベッドから離れ、脇の椅子に掛けていた外套を手に取ります。
「はーい……ししょう……」
「はいはい」
もう一度ベッドに近づき、仰向けになっている弟子の額へ、そっと顔を近づけ――軽く口づけます。
これはただのおまじないみたいなものです。これをしないと、リベアが「やだやだ」と毎回駄々をこねて離してくれないので、仕方なくしています。まぁそれくらい元気ならこちらも安心ですが。
「経口感染しないとも限らないんですがねぇ……他の人には秘密ですよ。怒られちゃいますので」
苦笑しつつ、弟子の期待には応える立派な師です。
「あたりまえ……です。ありがとうございます」
リベアが小さく頷く。
「それならいいです――行ってくるね。リベア」
「はい、行ってらっしゃい……師匠」
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