193.前触れ
本日で6章終了となります。
迫る赤い影に、私は咄嗟に身体強化をかけて後方へ跳びました。
直後、さっきまで立っていた床が――爆ぜます。砕けたというより、融け落ちたと表現した方が近い。
「おおっと、いい反応デスねぇ!」
フレミーは楽しげに笑い、指先から赤い液体を弾き飛ばしました。
それは空中で分裂し、雨のように降り注ぎます。
「――っ、〈展開〉!」
反射的に防壁を張る。
だが赤い雫が触れた瞬間、防壁は内側から弾け飛びました。
衝撃が腕を貫き、身体が大きく吹き飛ばされます。
「がっ……!」
床を転がり、なんとか受け身を取り、立ち上がる。
(――強い)
分かってはいましたが、キメラとは次元が違います。
(でも……やるしかない! ネウロさんを守れるのは、私しかいないから!)
気持ちを新たに杖を握り直し、魔力を一気に収束させました。
「“魔射”!!」
得意の光魔法を活用し、収束した魔法の光が、一直線にフレミーへ走ります。
――けれど。
「おっと」
「え?」
フレミーは片手を軽く振っただけで、その光を赤い液体で包み込み、次の瞬間、魔法ごと爆散させました。収束させた力を無理やり乖離させられたような感覚です。
衝撃波が跳ね返り、私は歯を食いしばって耐えます。ここで後方に飛ばされれば、ネウロさんが連れていかれるからです。
「ふヒヒっ。いいですねぇ。ちゃんと戦えるじゃないデスかー」
ゆっくり歩いてくる。
余裕の足取り。彼女に遊ばれているのが分かります。
(まだ……まだ終わってない!)
師匠の教えを思い出します。
正面から勝てない相手には、視界・足場・間合い――あらゆる角度から攻めて崩せ。
私は足元へ魔力を流し込んだ。
「〈霧散〉!」
フレミーの視界を奪う濃霧を発生させ、そのまま横へ滑るように移動。
背後から魔法陣を展開しました。
「――〈束縛〉!」
霧の中から放った拘束魔法。
「……おや?」
一瞬、フレミーの動きが止まります。
(今だ!!)
全魔力を込めて、もう一撃。
「“魔射”!!!」
至近距離から叩き込んだ魔法が、ついに直撃しました。
閃光と轟音。
空気が震え、床に亀裂が走ります。
私は息を切らしながら、その中心を見つめました。
(やった……?)
――しかし、次の瞬間。
「いいですねぇ。今のはちょっとだけ痛かったデスよ?」
霧の向こうから声がしたかと思えば、無傷の魔族が出てきました。多少服は破れてはいますが、肝心の本体は傷一つ負っていないみたいです。
「ではでは」
背筋が凍りました。
「……え」
気付いた時には、目の前にいたからです。さっきよりも桁違いに速い動き。今度は回避行動が間に合わないと、頭で理解します。
(やばい、やばい、やばい!!)
フレミーの手が、私の杖を軽く弾き飛ばします。
「あ」
乾いた音。
杖が床を滑って、遠ざかりました。
「はい、これでおしまいです」
――ズムッ。
温かい感触。
腹部に、赤い液体が叩きつけられていました。
防壁を張る暇もありません。
「あつっ」
それの温度が急速に上昇し――爆ぜました。
お腹が裂けるような激痛が襲います。
「――ッッ!!」
声にならない悲鳴。
身体が痙攣し、視界が白く弾けます。
地面に叩きつけられ、呼吸ができません。
指先が震え、力が入らない。
身体の奥で何かが暴れているみたいに、私の筋肉が勝手に跳ねます。
「うーん、思ったより丈夫デスねぇ。これで死ぬかと思っていたんですが」
フレミーがしゃがみ込み、私の顔を覗き込みました。
「でもまぁ、この毒……じゃなくて“贈り物”は、じわじわ効いてきますから」
ドロドロとした感触の指先が、私の額に触れます。
「トドメは刺さなくてもいいですかね。じっくり苦しんで、死んでください。これはワタクシ達からの贈り物ですから――」
その時。
「リベアから離れなさい!!」
炎弾が横から飛び込み、フレミーの腕を弾きます。
ドロシーの魔法でした。
「おっと、怖い怖い。お友達がお怒りですねー」
フレミーが軽く後ろへ跳びます。
霞む視界の中、三つの影が私の前に立ちました。
「……し、しょ……う……? みんな……?」
震える唇から、かすれた声が漏れます。
「リベアさん! しっかりしなさい!」
「くそっ……あいつ、こんな……!」
「リベアちゃん。リベアちゃん、ごめんね! もうちょっと早く来れたら……」
ドロシー、ヴァネッサ、ニーナ。
三人が私を庇うように、前に立ちます。
「まとめて殺してあげ……?」
でも――その背後。
ゆっくりと近づく気配。
フレミーの視線が、意識が、ふと別の方向へ向きました。
「……おや?」
空気が、変わります。
静かに。
けれど、圧倒的に。
会場全体の魔力が、足取り一つで震えるのが分かりました。
足音が響きます。
そして、そこに立っていたのは――杖を持っていない、魔力の制限を解いた、全力状態の師匠でした。
「……し、しょ……う」
「よく頑張りましたね。リベア。あなたは立派です、一人の人間を守ったのですよ」
師匠がフレミーと相対します。
表面上は冷静。
けれど、私には分かります。
今まで見たことがないほど――ぶちぎれているのが。
◇◆◇◆◇
「わたしの弟子に、これ以上触るなっ!」
怒りでどうにかなりそうでした。
大切な弟子が目の前で死にかけているからです。怒りは自分にも向かっていました。
(もう少し早く来れていれば!!)
両手を掲げ、魔法を放つ。圧倒的な物量の魔弾を周囲の魔族・魔物に与え、一斉に薙ぎ払います。
フレミーを含む三人の魔族は防御に徹し、知能の低いキメラたちは魔法が直撃し、次々と倒れます。
「ハハっ、意味が分からないレベルの攻撃範囲だ。お弟子ちゃんに免じて、ネウロちゃんは諦めましょう」
「逃がすとでも?」
「大賢者が対処しなければ、お弟子ちゃんは死にますけど?」
「…………」
「それじゃあ、また。キイちゃん、ギイちゃん。ネウロちゃんは諦めましょう」
「「はい、団長」」
金髪の少女が槍を。
銀髪の少女が薙刀を。それぞれが体内に収めたかと思えば、フレミーが翻した赤いマントの中に取り込まれていき、フレミー自身も舞台の床にしみ込んでいくみたいに消えていきました。
液状系の魔族だったのでしょうか? 赤い液体も含めて調べてみる必要がありそうです。
魔力の気配が完全に消えたのを確認し、わたしは倒れた弟子へ駆け寄った。
「リベアっ!!」
「先生、リベアちゃんが!」
「う、ううっ…」
「傷口の出血が酷い……それに全身に紫の斑点模様が……ニーナさん、至急学院の外に出て救助を! ドロシーさんとヴァネッサさんは、まだ生きている人たちを一か所に集めてください。動ける者と協力を!」
「「「はい!!」」」
◇◆◇◆◇
しかし、事態は想像以上に深刻でした。
助けを呼びに行ったニーナさんから最初に話を聞いたとき、わたしは耳を疑いました。
「うそ……他の人も……」
何故ならその日、リベアや学院にいた人達だけでなく――王国全土を謎の病魔が襲っていたからです。
病に侵された人達に共通するのは、全身に浮かぶ、紫の斑点模様でした。
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