192.勇気と無謀
……この章、まだ続きます。
「てやぁーー!! これで三匹目……キリがない。あなたも早くここから逃げてください!!」
支えを失ったキメラの巨体が、鈍い音を立てて床に倒れ込みます。
すぐそばで尻餅をついていた生徒へ手を伸ばし、無理やり立たせました。
「あ、ありがと!」
「お礼はいいから早く!」
同学年の女子生徒が必死に駆け去るのを見送り、私は再び杖を握り直して戦線へ戻ります。
「手伝ってくれて、助かるよ。君のお友達も勇敢だね」
王宮魔法使いの一人が、息を切らしながら声をかけてくれました。
「私は大賢者ティルラ様の弟子ですから! ……それに、危ないからみんなには逃げてって言ったのに」
離れた場所ではドロシー達がバランスのとれたチームを組んでキメラと交戦しています。
「君達の勇気に感謝する。でも危なくなったら、すぐ退いてもらうよ。君たちはまだ子供だからね」
「分かってます!」
私は他の魔法使いたちと連携しながら、キメラを迎撃し、生徒たちの避難を手伝っていました。
「ふっ――これでも喰らってください!」
『グガァッ』
魔法が直撃し、キメラがよろめきます。
私はまだ生徒ですが――同時に、大賢者の弟子でもあります。
キメラと戦った経験も一度あります。だから、少しでも役に立てるならと、自分から志願してここに残りました。
(このままなら……倒し切れる)
最悪、師匠が来るまで耐えればいい。
頭のどこかで、そう思っていました。
私の師匠は最強です。
学長を制圧して、アリスちゃん達を助けて、すぐこちらへ来てくれる――。
そう信じて疑いませんでした。
けれど、その予想はあっさり裏切られます。
師匠が学長と戦闘を始めて間もなく、フレミーという魔族が、同じく双子の魔族の少女達を連れて現れ――戦場そのものを蹂躙し始めたからです。
「君は逃げなさい!」
男の叫び。
次の瞬間、放たれた槍が人の頭を貫きました。
脳が弾け、血が散ります。
「あ――」
さっきまで隣で戦っていた人が、何の抵抗もできず崩れ落ちました。
足が、動きません。
怖くて、徐々に、呼吸が浅くなって、胸が苦しく――。
「リベアちゃん、無事!?」
「リベア! あれはやべーぞ!」
「リベア! 逃げますわよ! 私達ではあの魔族には勝てませんわ!」
「みんな……」
三人が私の元へ駆け寄り、すぐに撤退を提案します。
正直、それが正しい判断でした。
キメラだけでも厄介なのに、突然現れた魔族によって味方は次々と倒れ、死者も増えている。
勝てる気配なんて、どこにもありません。
避難も進み、残っている生徒は、もう私たち四人だけ。
大人たちも、精鋭以外は撤退を始めています。
近衛兵や王宮魔法使いでない一般職員や魔法使いは、足手まといになると判断されたのでしょう。
彼らは生徒の護衛とキメラへの最低限の対応に絞り始めていました。
私も、本当ならその判断に従うべきです。
でも――そうしたら、きっと三人は私を置いて逃げない。
こんな時、大賢者の弟子ならどうするのが正しいのでしょう。
まだ未熟な私は、大人の後ろに隠れていればいいのか。
(……いや)
胸の奥で、何かが強く否定しました。
(私はもう強い。昔の私じゃない)
港町で、悪い輩に怯えて震えていた私じゃない。
それは――師匠だって認めてくれた。
正面から戦えなくても、少しでも力になれるはず。
その時。
見てしまったのです。
あの恐ろしい魔族――フレミー・カートレットが、倒れ伏したネウロさんの方へ、ゆっくりと歩いていく姿を。
心臓が、大きく跳ねました。
「……三人とも、ごめん」
私は決意して言います。
「先に避難してて。私はネウロさんを回収してから行く」
発言した瞬間、ヴァネッサとドロシーに腕を掴まれました。
「馬鹿か、死ぬぞ。それくらいあたしだって分かる」
「ちょっとリベア。何を考えてるの? 危険よ。それに彼女は奴らの仲間。連れ戻しに来ただけかもしれない」
二人がが言うことは、もっともです。
でも――。
「それでも、同じ学院の仲間は見過ごせない。私は助けに行く!」
私は杖を握り直し、はっきり言い切りました。
「三人とも、ちゃんと逃げてね!」
「おい、ちょっと待てよ!」
「リベア!! 待ちなさい!」
「リベアちゃん! だめ!!」
三人の制止を振り切り、私は走り出します。
振り返ると、追おうとした三人の前にキメラが立ちはだかり、足止めされていました。
(ごめんね。三人とも……必ず、無事に戻ってくるから)
息を切らしながら戦場を駆け抜け、私はフレミーより先にネウロさんの元へ辿り着きます。
そして、その前に立ち――杖を構えました。
「ふんふんフーン。ニンゲンって弱っちい生き物ですね〜。ん〜? おやおやぁー?」
「ネウロさんは、連れて行かせません」
細められていたフレミーの目が、私を見て大きく見開かれます。
「おやおやぁー? あなたは……大賢者様のデシのリベアちゃんじゃないですかー!」
わざとらしく嬉しそうに手を叩きました。
「この間はどうもー! うちのサーカス、楽しんで頂けましたでしょうか? あの後、赤い花を貰えた幸運な方たちは――ちゃーんとワタクシたちの“餌”になってもらいましたよー!」
ぞっとする笑顔。
「そして……あなたにも今から――死んでもらいましょ!」
「――ッ!」
言い終わるより早く、フレミーの姿が掻き消えました。
次の瞬間。
目の前に、赤い殺気が迫ります。
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