無慈悲な拳
水圧に吹き飛ばされたクロエとフロースは仰向けに倒れていた。
制服の魔法耐性をオーバーするほどの水を受けて全身びしょ濡れだ。
二人が戦っていた場所は土が抉れ、巨大な水溜りができている。
フロースの槍でできたクレーターと合わせ、二度も地面を滅茶苦茶にしてしまっているが、片付けが残っていることにまだ気づいていない。
ちなみにレインは、開戦から最後まで離れていた所で傍観していたため、被害ゼロ。
「う……」
先に立ったのはフロースだ。槍を杖代わりによろよろと立ち上がる。
たっぷりと水を吸収した服はピタッと体に貼り着き、所々透けているが、本人は気づかない。
そのまま水溜りの端をよろよろと歩きながら大の字に倒れるクロエに近づいていく。
それを見ていたレインはフロースに駆け寄る。
「大丈夫、フロースお姉ちゃん!」
「大丈夫なわけないわよ……全身びしょ濡れだし受け身取れないしでボロボロ……あいつが魔法使うとは思わなかったわ」
その声には若干の悔しさが混じっていた。
「私もクロエが魔法使うとは思わなかったよ」
話ながら歩くと気絶しているクロエにたどり着いた。
フロースは握り拳を作ると、
「……せいっ!」
気合と共にクロエの腹に落とす。
「ごほぉっ、ごほぉっ!」
その衝撃でクロエはむせながらのたうち回った。
呪語が意味をなさなくなった制服では、怒りの籠ったフロースの一撃を緩和することができなかったようだ。
痛む腹を押さえつつクロエもまた、よろよろと立ち上がる。
「うぉ……全身が悲鳴をあげてるのがわかる……特に腹が」
余波を食らっただけのフロースと違い、もろに爆破を食らったクロエの体は満遍なくダメージを受けている。
そんなクロエに無慈悲なフロースの拳が叩き込まれる。
「アブぉ……」
再び地面でもがくクロエ。さながら、打ち上げられた魚のようだ。
「クロエ大丈夫ー?」
さすがに見てられなくなったレインが駆け寄る。
「フロースお姉ちゃんもう、やめてあげて。お願い」
三度めの拳を振おうとしてフロースの前にレインが立ちはだかる。
「レインちゃんがそういうなら今回はやめてあげる。でも次は容赦しないから」
そう言ってへなへなと座り込んでしまう。
「すみませんすみません」
クロエはただただ平謝りしかできなかった。
「なんでこうなるってわかってるのに魔法なんて使うのよ。少しは考えなさい」
「いや、ほんとすみません」
クロエ自身もこうなるとは薄々気づいていた。しかし、ただただやられるのは嫌だと思い魔法を使ったのだ。ただ少し、やる気がありすぎただけなのだ。
今度はレインが呆れていた。
「いつもは私とアティアお姉ちゃんが調整してるからクロエが魔法を使っても大丈夫なだけなんだからね」
レインにまでこう言われてクロエはますます謝ることしかできなくなった。
「すみません……」
そんなクロエを見たフロースは唐突に立ち上がると、
「もう、いいわよ。それより着替えるために一度宿舎に戻らないとね」
そう言って伸びをする。
「仕方ないか……」
来た道をまた戻ることにクロエもフロースも面倒くささを感じていた。
クロエも立ち上がろうとすると、不意に他の意識の声が聞こえた。
〔アティア到着しましたよ、姫様に手を出してないでしょうね?〕
それは伸びをしていたフロースも同じだった。
〔フロース大丈夫かー?〕
クロエとフロースは顔を合わせて、頷くと上を向く。
そこではリーフグリーンと赤のドラゴンがくるくると旋回していた。
アティアとミセリアの二匹のドラゴンが来たのだ。
二人は同時に呟く、
「そういうことなら——」
「ちょうどいいな——」
「「運んでもらおう」」
声が重なったことに気づいた二人はお互いに顔を見合わせて笑った。
その光景を見ている三匹のドラゴンはただ困惑していた。
「さっきまで喧嘩してただろ?」と。