サクラナメモリー 五
サクラナと母親は、森に向かって走り出す。
黒い竜から逃げる二人に、断末魔の叫びが追いかける。
それは二、三と続いたがそこからは、激しい戦闘の音しか聞こえなくなった。
村を抜け、あと少しで森に入るというところで、アムと大勢の子供達が姿を現した。
破壊された村を見た子供達は、しゃがみこみ、次々と泣き叫びはじめた。
アムは呆然としながらも、サクラナと母親の二人に気づいていた。
「あなた達! はやく逃げなさい! 森の中に走って!」
サクラナの母親が叫ぶも、その声は騒音にかき消され、子供達には届かない。
「うわー!!」
なにを思ったのか、突然、一人の男の子が村へと走りはじめた。
それを皮切りに、子供達が一斉に走り出した。 あわててアムが止めようとするも、すでに遅かった。
「止まりなさい!」
サクラナと母親は、自らの方に向かって来る子供達を止めようとした。
しかし、それは叶わない。
サクラナが横を通り抜けようとした少女の手を取ろうとした時、黒い何かが横から現れ、少女の小さな体を吹き飛ばした。 ガレキに叩きつけられた少女は、ピクリとも動かなくなる。
さらに、それは続く。 残る子供達を、黒い物が飲み込み、潰し、切り裂いた。 後に残ったのは、サクラナと母親、アム、そして黒い竜だった。
あたりを静寂が包んだ。
母親は背中にサクラナを庇い、黒い竜を睨みつける。
しかし、黒い竜はそれを無視し、アムの方へと歩き出した。
一歩一歩、地響きを鳴らし進む黒い竜の姿にアムは、いつからか気を失っていた。 白い爪と牙を血に濡らす様は、死の怪物に見えたことだろう。
そして、最後は一瞬だった。
アムの前まで来た黒い竜が、口を大きく開けたと思った瞬間、アムの姿は見えなくなった。
アムの姿を見失ったサクラナには、竜の口からバキバキと音がなっているように聞こえた。
歯の隙間から血を滴らせた竜が、再びゆっくりと歩き出しだ。 今度はサクラナと母親に向かってだ。
黒い竜は二人の前に止まると、長い長い咆哮を放った。
空気がビリビリと鳴り、暴風が二人を襲う。
思わず目と耳を塞いだサクラナは、咆哮が終わった後前を向いて、驚いた。
そこには黒い竜の姿は無く、代わりに背の高い黒髪の男が立っていた。 男の口元は赤く濡れ、手足の先は赤く染まっていた。
「お前達の他に生きてる奴はいるのか?」
男の発した声に、サクラナは震えた。
殺される、全身の細胞がそう訴えていた。
黙り込む二人に、男はため息を吐くと、母親に向けて手を伸ばした。
咄嗟にそれを避けた母親は、滑るような動作で腰のナイフを引き抜き、男の首に突き刺した。
「あっ……」
しかしそれは、男の首に刺さること無く、粉々に砕け散った。
「人化しても体の強さはドラゴンの時と同じだから意味ない」
武器を失った母親を男の手がとらえた。
男の手が母親の胸を貫く。
「ママ!」
母親の背中から生える真っ赤な腕に、サクラナは叫んだ。
しかし、反応は無い。
「俺の目的は、二つ。 一つ目は、お前達ファスタルの消滅。 二つ目は、ファスタルの溜め込む膨大な知識の奪取。 どちらともほぼ完遂したと言えよう。 だが、ここにきて俺に情が湧いた。 お前は生かしてやる、少女よ」
母親の胸を貫いている男の言葉の意味がサクラナわからなかった。
「お前には過去の知識では無く、これからの知識を集めて貰おう。 しかし、そのままの寿命では短いだろう。 一つ、呪いをかけてやる。 俺が手をが出さない限り死なない、死ねない呪いだ。 存分に生きるといい」
男は、サクラナに向けて何かを叫んだ。
その瞬間、村全体を光が覆った。 黒い光だ。
絶望で目の前が真っ暗になったサクラナに向けて、何かが集まって来ていた。
それは、血のような液の塊だった。
男は塊が十分な大きさになったのを確認すると、また何かを叫んだ。
すると、塊がサクラナを包んだ。
全身を赤い液体に包まれたサクラナは、頭の先からつま先まで、全身に痛みを感じ、意識を失った。
最後に聞こえたのは、
「俺の名前は、バグノートだからな。 忘れるなよ」
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