第5話 手習い、と父は申しました
書状が届きましたのは、四日後の朝でございました。ケルンベルク伯爵夫人、マルグレーテ様のお名前でございます。
文面は短うございました。暦の写しを至急よこすように、と。それだけでございます。父はそれを二度お読みになって、卓に置かれました。
「写しとは、どういうことだ」
「帳面はお渡ししてございます。お手元にあるものの写しを、ということでございましょう」
「手元にあるなら要らぬだろう」
「……読めないのだと存じます」
わたくしは申し上げました。帳面には略字がございます。門の番号は数字ではなく記号で、開度は指の幅で書いてございます。全部で二十いくつの決まりごとがございまして、それは代々、口で伝えてまいりました。
書いてはございません。書く必要がなかったからでございます。書く者と読む者が、ずっと同じ家におりましたので。
「では、写しを作るのか」
「作ります」
「断ることもできよう」
「第九条がございます」
父は黙られました。
水番役は婚姻をもってケルンベルク家へ移す。移す、とだけ書いてある一条でございます。婚姻は成りませんでしたけれど、役目の実務はもう移っております。役目に必要なものを渡さない道理は、こちらにはございません。
「アデリナ」
「はい」
「おまえの手習いに、こんなに人が来るとは思わなんだ」
わたくしは、はい、と申し上げました。手習い。父はずっと、そう仰います。悪気があって仰るのではございません。この六年、毎晩机に向かうわたくしを見て、熱心な手習いだと、そう思っていらしたのでございましょう。
わたくしは礼をして、書斎を出ました。
◆
その晩、抽斗から自分の控えを出しました。帳面はお渡ししてございますけれど、日々の観測の控えは手元に残っております。雪の深さ、雪解けの日、水路の乾き、井戸の濁り。六年ぶんの紙束でございます。
これを見ながら、写しを作ってまいります。一枚目を書きながら、わたくしは手を止めました。写しには、書き手の名を入れる欄がございます。七代目の頁を書きましたときに、父が入れよと仰いましたので、以来そういたしております。
わたくしはそこに、自分の名を書きました。アデリナ・ミューレン。六年、毎晩そうしてまいりました。誰にも見せたことはございません。父も、ラウレンツ様も、この欄をご覧になったことはございません。
声に出して申し上げたことは、一度もございません。紙の上でだけ、六年、そう書いてまいりました。
◆
「お嬢様、まだ起きていらっしゃるので」
ハンナが盆を持って参りました。湯気の立つ器が一つ。
「明日でよろしいでしょうに」
「明日は明日の分を書きます」
「何枚おありなので」
「四十二枚でございます」
ハンナは器を置いて、指を折り始めました。折り切れずにやめました。
「一晩に何枚お書きになるので」
「六枚がやっとでございます。図が入りますので」
「七日かかるじゃありませんか」
「はい」
「お嬢様。先だっておいでのハルバッハ様は、おいくつでいらっしゃいますか」
「二十四と伺っております」
「二十四」
ハンナは、その数だけを繰り返しました。
「ハンナ。何を数えているのです」
「べつに、何も」
ハンナは黙って、わたくしの手元を見ておりました。わたくしが手間取っておりましたのは、記号の欄でございます。
丸が全開、棒が半分、点が指の幅。それは書けます。書けますけれど、丸のうちにも二種類ございまして、朝の丸と昼の丸では水の落ち方が違います。朝は上の溜まりが冷えておりますので、同じ全開でも出る量が少のうございます。
それを、どう書けばよいのか。朝は少なめ、と書けば、では何割かと問われます。何割かは、その日の気温と、前の晩の風で変わります。
紙に書けることと、書けないことの境目が、この欄でございました。
「お嬢様、そこで手が止まっておいでですよ」
「……ええ」
「難しいところですか」
「ここは、書けないところです」
わたくしは、その欄に一行だけ書きました。
――朝の開けは、前夜の風を見て加減すること。
加減の仕方は、書きませんでした。書けば、書いたとおりにされます。書いたとおりにして外れたとき、外れた理由が誰にも分からなくなります。
「お嬢様が数えなくなったら、誰も数えないんですねえ」
わたくしは筆を止めました。
この娘は、時々こういうことを申します。悪気はございません。悪気がないところが、この娘の困ったところでございます。
「ハンナ」
「はい」
「わたくしは、数えております」
筆を持ち直しました。
「頼まれておりませんけれど、数えております」
◆
押し花のことを思い出しましたのは、三枚目を書いているときでございました。あの押し花は、帳面に挟んだままお渡ししてしまいました。ロート村の水路でラウレンツ様が表紙をお開きになったとき、はらりと落ちて、ご家臣が拾って戻されたのを見ております。
母の花でございます。わたくしは十のときに母を亡くしました。母は観測に出るとき、いつもわたくしを連れてまいりました。川べりで水位の杭を読んで、帰りに花を一つ摘んで、帳面に挟みました。
――アデリナ、水は数えられます。
母はそう申しました。数えられるものは、忘れなくてよいのだと。忘れなくてよいと申しますのは、覚えていなくてよい、ということでございます。
紙に書いてあれば、人が代わってもよいのだと。わたくしは四枚目の紙を引き寄せました。母の言うとおりでございました。紙に書いてあれば、人が代わってもよいのでございます。
――ただし、読む人がいれば、でございます。
窓の外で、雪解けの水がまだ鳴っております。明日、五枚目からは第十一水門の頁でございます。用途の欄が空いたままの、あの頁でございます。
わたくしは、そこに何と書けばよいのか、まだ決めておりません。
四十二枚を七日で。一晩に六枚、図が入りますので、それがやっとでございます。
アデリナが手を止めるのは、記号ではなく「加減の仕方」の欄でした。書けば、書いたとおりになさる。書いたとおりにして外れたとき、なぜ外れたかが誰にも分からなくなる。紙に書けることと書けないことの境目が、この物語の背骨です。
父上の「手習い」も、悪気ではございません。悪気のないものほど、六年かけて効いてまいります。
ところで、ハンナが「二十四」とだけ二度繰り返したのは、何を数えていたのでしょうか。本文には書いてございません。
次回、第六話「写しはお作りいたします」。四十二枚を、伯爵夫人がご自分の手で検められます。
――ブックマークと評価は、写し四十二枚の紙代に充てさせていただきます。




