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はじまり

「ただいま。」

しかし、返事は帰ってこない。庭の虫の鳴き声が少し聞こえてくる。俺はここには誰もいないことを知っている。母はここ一週間ほど近所の仲良しさんたちとどこか旅行に出かけていて帰ってくるのは、あと一週間はある。父親はすでに死んでいる。俺は父の顔など知らない。父の写真はリビングに飾ってあるが、俺はそれを歴史の教科書に載っている人物を眺めるのと同じように見ている。それを見る自分の眼には感情がともっていない。一方で父の写真を見るときの母の眼はとてもやさしくて、少しだけなぜだか申し訳ないような気持ちになるのだ。妹もいるが・・・・。やつは母親がいないことをいいことに友達の家にお泊りをしに行ったらしい。まあ、あいつの行動など知ったことではないが。誰もいない家は最初は違和感があったのだけど、今ではすっかり慣れしまった。いつの間にか一人暮らしも悪くない気がしてくる。

 ひとまず、まっすぐ自分のはやに戻る。しかし、帰ってきてやることもなく。ベッドの上で何も考えずにぼーっとしていると、何やら携帯が震えている。誰かからのメッセージでも受信したのだろう。手に取り、画面を見てみるとそこには国立からメールが来ていた。お前には好きな女の子がいるのか?という内容だった。馬鹿馬鹿しくて俺は携帯画面を閉じる。

「虚しい・・・・。」

 何だろうかこの気落ちは?何か落ち着かない。何かを忘れているような気がする。とても大事な気持ちと想いをどこかに忘れてきたような気がするのだ。自分はいつも大事なものはどこかに忘れてしまう。小学生の頃に家に忘れた夏休みの宿題。家庭訪問の日。レポートの締切日。他にも・・・。たくさんある気がする。

「「本当に忘れてるの?」」

声がした気がした。俺はベッドから跳ね起きてあたりに誰かがいないかを探す。しかし、当たり前のようにあたりには誰もいない。首に手をやるといつの間にかうっすらと汗をかいていた。自分の背筋が凍るような、人の気持ちを凍りつかせてしまうような、冷たい心臓に刃をつきたてられたような。そんな気持ちになる。自分を責めている。そんな気がした。

 一人暮らしをしばらくして少しナイーブになっているのかもしれない。気にしないのが一番だろう。母も妹もそのうち帰ってくるだろうし、すぐに一人の状況もすぐに終わる。一人がつらいのだとしても、ほんの少しだけ耐えればいいだけの話だ。俺はそっと目を閉じた。瞼がとても重く感じた。一人が寂しいとか思っていたことを母や妹に知られたくないな。そんなことを思っていたら、気が付けば俺は寝てしまっていた。

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