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始まり

「夏之助?酷い顔しているぞ?」

「ん?ここは?」

「は?寝ぼけてんのか?さっきまで授業を受けてただろう?っていってもお前はずっと寝てたけどな。」

「そうか・・・・・。」

 あたりを見まわたす。あるのは規格化された日本全国どこでも見られる机と、椅子の数々。そして、そこに当然のように座っている生徒たち。さっきまで世界史の授業をやっていたのか黒板にはヒトラーと第二次世界大戦について書かれている。黒板にはどのようにしてヒトラーがドイツ国民の支持を得ていったのか、流れを整理して書き出されている。ベルサイユ条約からワイマール憲法、アウトバーン、巧みな選挙活動、演説、そして獄中で書かれた我が闘争。英雄になり損ねて独裁者として断罪された男の半生がそこには書かれたいた。

 後ろを見るとそこには自分の身長の半分ほどのロッカーが二段になって並べられている。鉄製のそれは大きくへこんでいるもの多くあった。ほかには傷や穴が空いているものまであった。昔から使われているロッカーだ。動物園の猿並みに元気な生徒が毎年使えばそうなる。

「そうか・・・・。俺は高校にいるのか。」

パソコンにプログラムがインストールされるように自分の頭の中にも周りの状況がインプットされていく。スポンジに水が染みこむように徐々に、ゆっくりと、でも確実に。しかし、代わりに何か忘れている気がする。何だろうか?ここに入りことでさえも何か違和感を感じる。自分が本当にいるべき場所はここだったのか?こんなに平和な日常だったか?

「なんか変だぞ夏之助?」

「ああ、ごめん。どうも変な夢とそのせいかはわかんないけど変な気分になってね。」

「そうか、そういうこともあるさ。で、どんな夢だったんだ?」

「それは彼女の夢だよ。」

「彼女?お前に彼女なんていたか?」

「彼女は彼女だよ。彼女は・・・・ってあれ?どんな顔をしてたっけ?」

僕は彼女の記憶が全くないことに気が付く。おかしい。あれだけ覚えていたのに。鮮明に。名前も。顔も。どんな顔で笑い、どんな顔をして泣くのか。そんなことまでも知っていたはずなのに。

「おいおい?妄想の中での話か?勘弁してくれよ。」

「いやいや、彼女はいたんだよ。確かに。本当だって。」

「でも夢の話なんだろう?はいはい。わかった。わかった。妄想の話はここまでな。」

「いや、でも。」

「お前寝ぼけてんだよ。いつもとおかしいぞ?」

「そうかな・・・・。」

「そうなんだよ。気晴らしにカラオケでも行くか?」

「いや今日は遠慮しておくよ。どうも気分じゃない。」

「そうか、ならしょうがないな。じゃあ、お先にな!俺は帰るから!左京にはテキトーに言い訳ぶつけといて!」

「何のさ?」

「俺今日は掃除当番なんだけどさ!さぼるんでさ!」

「はいはい、わかったよ。テキトーに何か言っとくよ。どうせ今から用事もない。」

そう言うと足早に登は去っていった。彼の名前は国立登だ。いい奴で憎めないやつなのだが、どうもさぼり癖があるのが玉に瑕だ。あと、メンタルが弱い。

 まあ、国立お前の期待には添いたいがどうやら俺には無理っぽいんだが・・・。だってさ・・・。

「ほお、あのバカ、さぼりやがったのか・・・・。」

だって、本人様近くにいたんだから、俺とお前の死角になってたけどさ。どうやら、友達の女子に囲まれて座ってみたいぞ?

 左京絵里。メガネをかけたこのクラスの委員長さんだ。すらっとしていて背が高くロングの黒髪が特徴な女の子だ。とてもまじめそうな外見を裏切らず、とてもまじめで融通が利かないところもあるが、いい子だ。学業に関しても非常に優秀で、進学校として評判が名高いこの古江高校において学年でいつも2位の成績をとり、まわりから一目置かれている。そして、この左京という女の子は不正をする者には容赦がないことでも有名だ。容赦がないといっても自分は「容赦がない」場面に出くわしたことがないのでなんとも言えないが。

「いや、俺には非がないからね?かってにあいつが・・・ね?」

「でも、夏之助君?」

「何かな?左京さん?」

目の前の左京さんが殺気を発しているのを俺は体全体で感じている。すごく怖い。ぶっちゃけ今まであった人の中で一番怖いんじゃないかな?って思うくらい怖い。蛇に睨まれた蛙とはこんな気持ちなのだろうか?

「止めなかったよね?」

「いや。でも、あいつ有無を言わせないくらい・・・・・はい、すいませんでした。」

俺は左京さんの表情を見た瞬間言い訳をやめた。これは言い訳したら死ぬ気しか起きない。おそらく明日にはトイレで冷たい状態で発見されそうで怖い。ほんと嫌だ。まだ、自分の人生は長いのだ。こんなところでくたばったりしたくはない。

「よろしい。これで長い不毛な言い訳を延々と続けるようだったら・・・。ひきに・・・いえ何でもないわ。」

今この人さりげなくひき肉っていう言葉を使おうとしてなかったか?こわい。いったい俺はどんなことをされていたのだろうか?思わず顔が引きつる。本当に危ないやつだな。本当に。

「まあ、いいわ。あなたがなにかしたわけでもないし。でも、かわりに彼のかわりに掃除当番してね?」

「え、でもさ・・・・。」

「さっき用事はないって言ってたよね?」

にんまりとした笑顔をこちらに見せつけてくる。これは好意の笑顔なんかじゃない。裏の意味はやらないなら殺すわよ?だ。

「わかった。どこの掃除をすればいい?」

「いい人ね♪じゃあ、廊下の掃除をお願いね?」

「了解。」

こうして俺は掃除をしなくてはいけなくなった。どうにも納得はいかない結果だが。

 そして、俺はこの時にはさっきまでの違和感をすっかり忘れてしまっていた。あんなにも世界に異変を感じていたのに。不自然なくらい自然に忘却の彼方に行ってしまった。

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