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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第4章 休息

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83.買い物 後編

 やらかしてしまった事は仕方がない。稜真は気を取り直して小間物屋へ向かった。きさら用のたらいを買った店だ。


「昨日はご迷惑をおかけしました」

「ああ、グリフォンの…。いや、俺も慌ててしまってすまなかったよ。今日は何か買いに来たのかい?」

「はい」


 目的は野営用の調理器具だ。

 特に欲しいのは、ダッチオーブンである。重い蓋付きの鍋があれば、料理のレパートリーが増やせる。野外料理用の調理用具で、蒸し料理、煮込み料理などが作れる。蓋の上に炭を乗せれば上下から加熱でき、オーブン料理まで出来るのだ。

 この世界に売っているのか不安だったが、あっさりと出してくれた。稜真は大きさ違いで2個購入する。


「またいつでも寄ってくれ。今度はグリフォン連れでも、驚かない…と思うからさ」

「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」


 後日。稜真は思っていたよりも早く、買い物に来る羽目になる。




 これで用事は全部すんだだろうか、考えながら歩いていると、可愛らしい声で呼ばれた。

「リョウマお兄ちゃん! こんにちは!」

 今日は収穫祭で知り合った人に、よく出会う日である。


 稜真を呼んだのはリリー。変わった味覚の持ち主の小さな女の子だ。今日は細いリボンを編み込み、下の方でお団子にした可愛らしい髪型をしている。


「こんにちは、リリーちゃんは1人なの?」

 周りに大人の姿は見えない。迷子なのだろうか?

「リリーのお家はね~、このお店なんだよ」


 そこは可愛らしい小物や布等を売っている雑貨店だった。ガラスの向こうには、様々な小物がセンス良くディスプレイされている。

 そこで稜真は、もう1つ買わねばと思っていた物を思い出した。

 アストンで休みを取った時の事。アリアは伯爵に貰った宝石箱の中身を出し、稜真があげたリボンを入れていた。リボンを入れる小物入れがあれば、宝石箱本来の中身が戻るだろう。


「リリーちゃん。このお店に小物入れは売っている?」

「あるよ! リリーが案内してあげる」

 リリーは稜真の手をキュッと握って、店内に入る。

 店内は可愛い小物が多く、女性好みの品揃えだ。リリーがいてくれて良かった、と稜真は思う。


「いらっしゃいませ」

「お母さん。ほら、アリア様と一緒にいたリョウマお兄ちゃんだよ。リリーが『ごあんない』するの!」

 大丈夫かしら、と母親は心配そうにリリーを見たが、稜真の手を嬉しそうに引く様子に任せる事にした。

「リョウマさん、ご来店ありがとうございます。リリー、お客様の『ごあんない』よろしくね」

「は~い」


 リリーは稜真の手を引いて、小物入れが置いてある場所へ案内してくれた。


 棚には何種類かの小箱が並べられていた。

 陶製、木製、金属製など、色も形も様々だ。その中で稜真が選んだのは、木製の長方形の小箱。花や小鳥が浮き彫りにされた可愛らしい小箱だ。

 リリーの意見も聞きながら、模様違いでもう1つ選んだ。水辺に咲く花と魚が彫られている。瑠璃の髪に似合いそうな、淡いピンクのリボンを2本選んだ。選んだ品物をリリーの母に渡す。


「こちらはプレゼントですか?」

「そうです」

「それなら綺麗にお包みしますね」


 リリーの母は、リボンをくるくると巻いて丁寧に魚の小箱に入れ、包み紙を取り出した。稜真はカウンター前に置かれた椅子に座る。リリーは稜真の隣に座る。


「リリーちゃん、可愛い髪型だね」

「可愛い? えへへ。お母さんが結んでくれたの」

 2つに分けた髪とリボンが編み込まれて、お団子になっている。じっくり見せて貰ったが、編みこみの部分が難しそうだ。


「可愛いけど、難しそうだなぁ…」

「あら、そうでもないんですよ」

 リリーの母が包装しながら言った。

「俺でも出来ますか? 旅先では、俺がお嬢様の髪を結んでいるんです」

「うわぁ! リョウマお兄ちゃんが覚えたら、リリー、アリア様とお揃いの髪型になるよ! お母さん。教えてあげて~」

 ちょうど小箱を包み終わった所だったので、リリーの母は快く引き受けてくれた。


 稜真は邪魔になる上着を脱ぎ、空いている椅子の上に置いた。リリーちゃんの髪を1度ほどいて2つに分ける。稜真は片側を担当し、一緒に編み込みながら教わった。

「上手ですよ。いつもやられているだけの事はありますね」


 リリーの母はそう言ってくれたが、明らかに右側と左側では仕上がりが違っている。

「うーん。リリーちゃんのお母さんに比べたら、まだまだですね」

「何度かやるうちに慣れて来ますよ」

「俺の結んだ方は、結びなおして貰えませんか?」

 せっかくの可愛い髪型なのに、リリーが可哀そうだ。稜真は、自分の結んだ側をほどこうとすると、リリーは「駄目~!」と髪を押さえる。


「リリーねぇ、こっちもリョウマお兄ちゃんに結んで欲しいの」

「あらあら、リリーったら」

「だってお母さんにはいつも結んで貰えるでしょ? リョウマお兄ちゃんには、いつ会えるか分からないもの」

「俺でいいの?」

「うん! お兄ちゃんがいいの!」

 稜真はもう片方をほどいて結びなおした。

「うふふ。リョウマお兄ちゃんに結んで貰った~」

 少し乱れているのに、嬉しそうにはしゃぐ様子に、見ているこちらが嬉しくなる。


 この髪型をするならば細いリボンが必要なので、追加で4本の白いリボンを買った。アリアと瑠璃の分である。

「このリボンもお入れしますね」

 せっかく包み終わっていた包装をほどいて、リボンを入れてくれる。

「お手数をおかけします」

「たくさん買って頂いたのですもの。もう少しお時間下さいね」


「ねぇねぇ、リョウマお兄ちゃん。私の髪を結んでくれたお礼に、私がお兄ちゃんの髪を結びたいな」

「リリーちゃんが? それじゃ、お願いしようかな」

「は~い」


 椅子から降りたリリーは、稜真の後ろに回ると櫛で髪をとかしてくれる。稜真の髪は、肩よりも少し長くなっている。リリーの小さな手でも結べるくらいの長さだ。

「じっとしててね」と言われ、稜真は頭を動かさないように気を付ける。


 リリーはぎこちない手つきで、髪を結んでくれた。何度もやり直して、一生懸命に結んでくれている。

「リリーね。自分で結べるように、練習してるの。編み込みは出来ないけど、ポニーテールなら出来るんだよ」

「偉いね」

 稜真任せのアリアには、是非とも見習って欲しいものだ。最近ではそうでもないが、身だしなみは二の次なのである。


「──お待たせしました。あら、この子ったら」

 何故かリリーの母が慌てている。


「申し訳ございません。リリー。リョウマさんは男の子だから、リボンは結ばないのよ?」

「でもリョウマお兄ちゃん、リボン似合ってるよ? リリー、お兄ちゃんに似合う色選んだんだもん」

「……リボンが結んであるんですか?」

 稜真は全く気づいていなかった。鏡を見せて貰ったが、真後ろなのでよく見えない。

「はい。えんじ色のリボンです。本当に申し訳ございません」


(えんじなら、そんなに目立たない…かな。せっかくリリーちゃんが結んでくれたんだしね)


「ありがとう、リリーちゃん」

 稜真は素直にお礼を言った。

「このリボンのお金を…」

「勝手に結んだのですから、サービスしますわ。ほどかなくてもよろしいのですか?」


「……え? ほどいちゃうの?」

「せっかくリリーちゃんが結んでくれたんだからね。このまま帰るよ」

 稜真は安心させるように、リリーの額を指でとん、とつついた。

「えへへ。お兄ちゃん、大好き!」

 リリーはにぱっと笑い、ギュッと稜真に抱きついた。


(可愛いな。アリアが『お姉ちゃん』と呼ばれて、喜ぶ気持ちが分かるよ)


 稜真は上着を着て、小箱の包みを持つ。

「色々とありがとうございました」

「いいえ。かえって申し訳なかったです」

 リリーの母は、そう言ってちらりと稜真の髪を見た。

「リョウマお兄ちゃん、また来てね!」

「またね」

 店の外へ出て、手を振ってくれるリリーに手を振り返した。






 館に戻った稜真は厨房に向かった。小箱はアイテムボックスに入れた。


「ただいま戻りました。エルシーさん、いますか?」

「お帰…り?」

 料理長が目を瞬いた。

「…リョウマ君?」

 エルシーは首を傾げる。

「おお?」

 スタンリーはぽかんと口を開けた。3人の視線が髪に集中し、稜真はリボンをほどき忘れていた事に気づいた。


(……しまった。…忘れていたよ)


「ああん? 俺の弟子は、いつから女の子になったんだ?」

「師匠…。リボンを結んだくらいで、俺が女の子に見える訳がないでしょう」

 稜真は憮然として言い返す。


「いや、見える」

「見えるな」

「見えるわよ?」

 3人同時に言われてしまった。


 稜真が着ている上着は、指先が辛うじてのぞく大きめの物で、体のラインが分からない。その上髪にリボンを結んだ稜真は、どう見てもボーイッシュな少女だった。


(童顔の自覚はあるけど、女顔ではないと思っていたのに……)


 全員に即答されると、稜真も不安になってくる。スタンリーだけならば、からかっていると思えるが、料理長とエルシーにまで言われるとは。

 そして、そんな時をアリアは外さずにやって来るのである。


「稜真、帰ったの……って、へ?」


(いや~っ!! 稜真が可愛すぎる!! だぼついた上着にリボンって!! 私、どうすればいいの!? 携帯! カメラ! なんでこの世界には存在しないの!!)


 アリアは真っ赤になって身悶えしている。その肩に乗っているそらが、稜真の肩に移動して、頭をすり寄せた。


『あるじ、かわいいー!』


(そうか…。そらから見ても可愛いんだ…俺。…髪を切ろう)


 そう、心に決めた稜真だった。




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