82.買い物 前編
翌朝。稜真は厨房で、きさらについて話していた。
「──リョウマがテイムしたグリフォンか。何を食べるんだ?」
料理長が気になったのは、やはり食事面だ。
「なんでも食べます。生肉が主食だけど、好きなのは葉っぱだと言っていました」
「葉っぱ? グリフォンは肉しか食べないと思っていたな」
「葉っぱ好きは仲間内でも珍しいそうです」
「そう言うって事は、リョウマはもう会話出来ているのか。テイムして間がないのに、えらく早いな」
「何故か懐かれまして、向こうからテイムを望まれたんです。そのせいだと思います」
「グリフォンの方から、か。リョウマらしいよ」
「あ、はは…。食事ですけど、普通に料理も食べていました」
「本当になんでも食べるんだな。肉と野菜を多めに仕入れるか。どれだけ食べるんだ?」
「自分の体くらいの肉を、1日で食べると言っていました」
「……そりゃあ、大食らいだな」
「はい。その内、肉を調達に行こうと考えています」
伯爵が予算を組んでくれたが、それに甘えるのも申し訳ない。
「リョウマ君、今度グリフォンに紹介してね」
隣で話を聞いていたエルシーが、うずうずしたように言う。女の子で可愛いグリフォンだと聞いて、気になって仕方がないらしい。
「はい」
保存食作成は着々と進んでいる。
料理長が作っていた、豚の頭肉を固めた料理が出来上がった。まるでテリーヌのようで、想像していた物と違い、おしゃれな料理に仕上がっていた。薄く切って食べるそうだ。
燻製も燻し終わり、外の保存小屋に移された。せっかく燻製小屋があるのだから、今度は魚を燻製にする予定だ。料理長は、網で取りに行くか購入するか検討している。
稜真は、魚が来るまでのんびりしたらどうだと言われた。
「リョウマ君。お嬢様がお使いを頼みたいと仰っていましたよ。ついでに冬物を買って来たらどう?」
エルシーが言った。重ね着して凌いでいるが、外出用の上着は早急に必要だ。
「そうします」
アリアの部屋を訪れると、そらと一緒におやつを食べていた。
「お使いって何かな?」
「これこれ」
アリアが稜真に渡したのは、自身の大剣だった。
「ちょっと傷んで来たから、今の内に手入れをお願いして欲しいの」
「分かった」
稜真は大剣を受け取った。
昨日町に出た時もそうだが、冒険者活動をしない時は普段着で、迅雷も装備しない。つまりはアイテムボックスに入れたままなのである。
このまま大剣をアイテムボックスに入れれば、きっと壊してしまうだろう。稜真は迅雷を出して言い聞かせる。
「いいか迅雷。この大剣はアリアの物だ。預かるだけだから、壊さないでくれよ」
一瞬チカッと光ったので、分かってくれたのだろう。稜真は迅雷と大剣をアイテムボックスに入れた。
「それと、これ」
アリアが金貨を5枚差し出していた。
「これは?」
「防具が必要でしょ? これで買って来て」
稜真の軽鎧は、魔猿との戦いで壊れている。
「多すぎない?」
「そんな事ないよ。うちの領地には高価な品物はないだろうけど、身を守る防具に出し惜しみしちゃ駄目。妥協はしないで選んで欲しいの」
稜真としては自分で買うつもりだった。魔猿の報酬もあるのだから。
「あのお金で稜真の防具を買うのは嫌なんだもん…。それにこれは必要経費だよ。春になったら、また貯金頑張ればいいの。だから、ちゃんとした防具を買ってね!」
「……分かったよ。それにしても多くない?」
「冬服代も入ってるから。それも必要経費だから、ここから出して買って来てね」
「それくらい自分で買うつもりだったけどな。──はいはい、分かったよ」
アリアが口を尖らせたので素直に受けとる。
「……これ」
アリアは眉をしかめ、複雑そうな顔で袋を寄越した。中をのぞくと、稜真が以前使っていた軽鎧だ。黒い染みは血の跡だろう。
「……これよりもいい物が欲しいって言えば、分かりやすいと思う…」
「了解」
稜真はそう言って、アリアの髪をくしゃっと撫でた。
「あのお金で、きさらの首輪と野営用の道具を買うよ。それから、訓練用に木刀を作って貰おうと思っている。残りはきさらの食料。それは構わない?」
「うん」
「木刀はいいのか。アリアの基準が分からないよ」
「だって嫌なんだもん…」
本当は一緒に行きたいアリアだが、きさらの登録で出かけたので、しばらくは外出禁止を命じられている。──サボったのがバレたのだ。
稜真は買い物であちこち回らねばならないから、そらには留守番とアリアの見張りを頼む。
「え~!?」
『えー!?』
ぷふっ、と稜真は吹き出した。アリアとそらが、揃って頬をふくらませたのだ。
「買い物だけだから大丈夫だよ」
「むぅ…。疲れたら休んでよ?」
「分かったよ」
『あるじ、やくそく、ね?』
過保護さに稜真は苦笑した。
「約束する。行って来るね」
今日はどんよりとした曇り空だ。
重ね着をしている稜真だが、強い風が吹くと肌寒く感じる。風邪を引かない内に、まずは冬服の購入をせねばなるまい。稜真は、エルシーに教えて貰った服屋へと向かう。
ここは古着屋だ。基本的に、商人が持ち込む古着を仕入れて売っている。だが1部の商品は新しい品物だ。
セーターやマフラー、手袋等の編み物は、冬の手仕事として主婦が納品している。基本的に下着などは各家庭で作るが、作れない独身男用に、こちらも新品が売られている。
店の中に入ったが人の気配がない。
「すみませーん!」
「はいはい。お待たせ致しました」
奥から出てきたのは、初老の男性だった。焦げ茶の髪と青い瞳の物腰の柔らかな人物だ。
「冬物の服が欲しいのですが、こちらでの冬が初めてでして、相談に乗って頂けますか?」
「よろしいですよ」
冬用の下着を何枚か。
毛糸のセーター、フリースのような暖かい生地のシャツ、軽鎧の下に身に着ける服を多めに。鎧の上からの防寒用には、厚手のマント。マントの首元には毛皮が縫いつけられており、とても暖かい。
「成長期でしょうから、少し大きめの服をご用意しましょうね」と、服は邪魔にならない程度に大きなサイズを進めてくれた。
店主の言葉に、稜真は自らの年齢を思い出した。ここ何か月かで背が伸びた気がするし、今からまだ伸びるだろう。毎年購入していたら、お金がかかる。
「そうします」
次に選んでくれた上着は薄茶色で、肩幅はそれ程でもないが、袖が長かった、指先が辛うじて出るくらいだろうか。屋敷で外仕事をするのに着たいのだ。これでは邪魔になりそうだが、来年も着るならこの大きさでないと、と言われた。
袖を内側に折って縫い留める身上げをすればいいと教えてくれた。
稜真は身上げという言葉に懐かしさを覚えた。中学校に上がる時「成長期だからね」と、大き目の制服を注文し、母が身上げしてくれた。──同じく大きめの制服を買った高校時代。おろす事なく卒業したのは、苦い思い出である。
内側が毛皮張りのブーツは、底に刻み目があって滑りにくい寒冷地仕様だ。就寝用の生地の厚いパジャマ。手袋とマフラーと帽子。
「…冬支度はお金がかかりますね」
当初稜真は、服の予算として銀貨5枚を用意していたのだが、全く足りなかった。アリアからお金を貰っていなければ、危ない所だった。
「これだけ1度に揃えると、どうしても高くなってしまいますね」
店主は申し訳なさそうに言った。
上着はそのまま身に着け、残りの品物はアイテムボックスに入れた。店主にお礼を言って、次の買い物へ向かう。
冒険者ギルドの近くに、武器屋と防具屋が並んでいた。まずは防具屋へ入る。
カウンターで手持無沙汰な様子で座っていたのは、どこかで見たような男性だった。お互いに顔を見合わせて考え込む。
「ああ、じゃんけん大会の……」
賞品に果物盛り合わせを選んだアランだった。
「伯爵様の所の……」
収穫祭の時、稜真は裏方に徹していたので、アランからしたら顔は見た気がする、といった程度の認識だったようだ。
「アリアお嬢様の従者の稜真です」
この町の住人は、アリアが伯爵令嬢であると知っている。稜真は名乗り、軽く頭を下げた。
「アランさんは、防具屋の方だったんですね」
「はい。2代目です。今日はどういったご用件ですか?」
「使っていた軽鎧が壊れまして、新しい物を探しに来ました」
「以前使われていた鎧はお持ちですか。修理も承っておりますよ?」
稜真はアリアから預かった袋から、軽鎧を取り出した。
アランは見た途端に絶句した。
「──これは。残念ですが、修理は無理です」
「みたいですね…」
思えば、正面から切り裂かれたのだ。軽鎧には魔獣の爪跡が生々しく残っている。
アランは顔をひきつらせた。
「…リョウマさん、よく生きてますね」
「…はは…自分でも思います。それで、これよりも防御力のある防具が欲しいのです」
やはり動きやすい方がいいので、同じ軽鎧タイプがいい。
アランは何種類か出してくれた。
皮で作られているが、特殊な魔獣の皮で作られており、防御力の高い黒い軽鎧。金貨2枚。
金属製で重い分、今までの物より防御力が高い、銀色の軽鎧。金貨1枚と銀貨2枚。
茶の皮と銀の金属で作られた合成品。金貨1枚と銀貨5枚。
「革製が1番高いのですか?」
「希少な皮で作られていまして、この中でも1番防御力が高いのです。軽いですし、お勧めですよ」
どれも今までの物より防御力が高い。値段的に合成か金属製のどちらかにしようと思ったが、アリアが革製にしろと言う姿が目に浮かぶ。
「……皮の軽鎧にします」
「ありがとうございます。一応サイズ合わせしますね」
稜真は上着を脱いだ。
「──うん。問題ないようです。いかがですか?」
稜真は体をひねったり、屈んだりして動きを確認してみた。動きやすくて軽い。
「いいですね!」
「少しの傷みなら修理できます。くれぐれも命は大切にして下さいね」
身に染みて分かっている稜真は、忠告を有り難く受け止めた。今までの軽鎧の引き取りも出来ると言ってくれたが、戒めの為にアイテムボックスに入れておく事に決めた。
軽鎧を脱いでアイテムボックスに入れ、もう1度上着を着る。支払いをすませ、お礼を言って店を出た。
次はアリアのお使いだ。
稜真は隣の武器屋へ入った。出迎えてくれたのは、いかつい中年の男性だ。稜真は挨拶をしてアリアの大剣を渡す。
「お? 珍しく傷んでやがるな」
「珍しいんですか?」
「ああ」
いつも手入れを頼まれても、軽く磨く程度だそうだ。なんでもアリアの使い方が特殊で、剣に気を籠めて切るから傷まないと言ったらしい。
「普通は出来る事じゃないんだが。……まぁ、アリア様だからな」
(ああ、出たな『アリア様だから』。山ではキレていたから、いつもの使い方が出来てなかったって事かもね。群れを倒して、木を切り倒して、岩を砕いて……)
傷まない方がおかしい。と言うか、出来るのもおかしい。
(…鉄の剣を木剣で受け止めた事もあったっけ。あの時も剣に気を籠めるとか言っていたな)
──自分に出来るのだろうか。
ともあれ、きさらの首輪が出来る頃に取りに来る事にして、大剣を預けた。
そのまた隣に木工細工師の店がある。
屋敷で使っている木剣を作っている職人の店で、スタンリーに紹介された。職人は細身の男性だ。稜真は迅雷を出して見せ、木刀が作れないか尋ねた。
「えらく細い剣だな。触っても?」
「ちょっと待って下さい」
稜真は小声で迅雷に言い聞かせる。
「いいかい? 迅雷を使う練習の為に木刀を作って貰うんだから、あの人に触らせるよ。くれぐれも雷を落とさないように。光るのも禁止。分かったね?」
反応はない。迅雷が分かってくれたのかが心配で、稜真は恐る恐る手渡す。
「これは…。この刀身の輝き、バランスが素晴らしい…斬れ味も良さそうだ」
木工細工師が触れても何事も起こらず、静かに寸法を図らせている。稜真はひと安心した。
「使う所を見せてくれないか?」
「……店の中では」
「そうだな。ちょっと着いて来てくれ」
木工細工師は先程の鍛冶屋へ向かった。
「おい。裏を貸してくれ」
「いいぞ。って従者様じゃねえか。見た事のない剣を持ってるな?」
「従者様?」
そう言えば木工細工師には名乗っていなかった。稜真は改めて挨拶をする。
興味津々の鍛治屋が案内してくれたのは裏庭だ。そこは出来た武器の試し切りをするスペースになっていた。藁筒が並べられている。
稜真は剣を握るのも久しぶりなのだ。上着を脱いで、軽く体を伸ばした。剣帯と迅雷を左腰に着け、鞘から抜き構える。
使う時の体の動きを見たいと言われている。稜真は幾つか型を見せた。迅雷に意識をやれば、自然と体は動いてくれた。
木工細工師は稜真の動きを見て頷きつつ、追加でメモをした。
「その剣と重さが近くなるように作る。何本か試しに作るから、何日かしたらのぞきに来てくれ」
「はい。よろしくお願いします」
「なぁ、ついでに斬れ味も見せてくれねぇか。さっきから気になってよ」
鍛冶屋が言った。
「構いませんけど…」
「向こうにある藁筒を切ってくれ」
「分かりました」
鍛治屋が指差した藁筒は、思ったよりも太い木の柱に藁が巻き付けてあった。
(これを切り倒すのは、ちょっと自信がないなぁ。さて、どうするか──)
ゲームに映画にアニメにCDに、と付き合いが長いキャラクターがいる。幕末に活躍した左利きの凄腕の剣士。彼だったら簡単に切り倒すだろうな、と稜真は迅雷を右腰につけ直し意識を切り替えた。
藁筒を見て距離を測る。稜真は腰を低く落とした。目を閉じて精神を研ぎ澄ませる。
『ふっ』と息を吐くと、ひと息に斬りつけた。
柱はズズッ、と斜めにずれて落ちた。その断面は艶やかだ。──意識を戻した稜真は、成功した事に安堵し、迅雷を鞘に入れた。
(…沈黙が痛い。どうして?)
「……ははっ…。まさか…それを切り倒すとはな…」
「…驚いた」
「え? 切り倒すものじゃないんですか?」
「その細い剣だろ? 1番奥にある細い木を倒して貰うつもりだった」
「まさか1番太い奴を、あっさり切り倒すとはな」
そう言われて見ると、手前から順に木が細くなっていた。稜真が切ったのは1番太い物だ。これは、大剣などの試し切りに使うものだったらしい。
「早く言って下さいよ……」
「だってお前、切る気満々だったろ? やれるもんなら見せて貰おうと思ってな」
「「まぁ、アリア様の従者だからな」」
2人は飲み仲間だそうで、息もぴったり声をそろえて言われてしまった。
(やらかした!? 最近その言葉ですまされる事が、増えている気がする…)
左利きの剣士は、使おうかずっと迷っていました。
けれど、使いたいネタがいくつも浮かんでいるので、やっぱり使う事に決めました。




