84.鍛錬の再開
未だ自分の世界から戻らないアリアはさておき、ここへ来た用事をすませねばならない。
「……エルシーさんにお願いがあるのですが…。いつまで笑ってるんですか」
「ごめんなさいね。余りにもリョウマ君が可愛らしいから。お願いって何かしら?」
「実は──」
エルシーへのお願いは、上着の身上げだ。自分でやろうと思ったが、上着の分厚い生地は難易度が高い。
「身上げね。可愛いからもったいないけど、やってあげるわ。リョウマ君には、染料になる植物のお土産を貰ったものね。この間のお料理も美味しかったし」
スタンリーのおつまみを作った時、多めに作って他の人にも提供したのだ。皆に美味しいと受け入れられた。
ちなみに料理長には、和風食材と調味料をお土産に渡している。食材としての利用法を色々と思いついたようで、定期的な仕入れを視野に入れ始めたようだ。
アリアが伯爵家に納品を頼んでいたと話せば、喜んでくれた。納品の時、カルロスに会えるだろうか。稜真は楽しみにしている。
薬のお陰か、ラジオ体操のお陰かは分からないが、稜真はもうめまいを感じる事もなくなっていた。今朝は試しに飛び起きてみたが問題なかった。
『あるじ…』
いきなり飛び起きた稜真に驚いたのだろう。そらが心配そうにしている。
「大丈夫だよ」
そろそろ本格的に体力作りをしようと思う。
稜真は軽く外を走り、久しぶりにスタンリーに手合わせをお願いした。軽鎧の体慣らしも兼ねている。
アリアとそらが、心配そうにしている。
「アリア。奥様の所に行かなくてもいいの?」
「稜真が心配だから、お母様にお願いして許可を貰って来たわ」
「それならいいけど」
心配されるのも仕方がないと分かっている。
「リョウマ。準備はいいか?」
「はい。お願いします!」
スタンリーと木剣を打ち合わせる。稜真は少しは腕が上がったと思うが、まだまだスタンリーには敵わない上に、いつもより体が重い。おまけに最初は心配そうにしていたアリアの視線に、何やら違う熱が籠っているように感じて気が散る。
(ふわぁ、黒い軽鎧の稜真。格好いいなぁ…)
稜真の様子から大丈夫そうだと見てとったアリアは、すっかり安心して鑑賞モードに入ったのだった。
スタンリーとの手合わせは、20分程で切り上げられた。
「今日はこれくらいにしとくか。まぁ、少しなまっちゃいるが、腕は上がってる。毎日走っていれば、すぐに元の体力に戻るだろうよ」
「ありがとうございました。ところで師匠。もうすぐ雪が降りますよね? 冬の鍛錬は、どうしているんです?」
「ああ? そうか、お前は知らなかったか。お嬢様は入れない場所だもんなぁ」
スタンリーはちらりとアリアを見る。そそくさと視線を外す様子に、何事かやらかしたのだろうなと想像がついた。
「お嬢様が入れない場所、ですか?」
スタンリーは、魔法や武術の鍛錬施設があると教えてくれた。屋敷の地下に作られた練習場だ。
魔法を使っても問題ないように、結界が張られている。
何年か前にアリアは練習場を半壊させた。屋敷が作られた当初からあり、先祖代々使われている練習場なのだ。今新しく作ると膨大なお金がかかる。
半壊でも修理費がかさんだ。それ以来アリアは、立ち入り禁止になったのだ。
「……お嬢様…」
稜真は目を細めてアリアを見た。
「ち、ちょっと魔力を籠めて、剣を振っただけなんだよ?」
「ちょっとで半壊しますか?」
「結界があるんだし、ちょっと思い切って魔力を籠めても大丈夫だと思ったの」
『ちょっと魔力を』と『ちょっと思い切って魔力を』では大違いだ。アリアが思い切ったら、半壊するに決まっている。
『おねえちゃ、ばかー?』
「うぐっ!?」
そらに言われたアリアのダメージは大きい。
「だ、だってね。あの時は初めて剣に魔力を籠めたから、まさかあんなに威力が出るとは思わなかったのよ。今なら力加減も出来るもんね…。そうだ! 使用許可が貰えないか、お父様に聞いて来る!」
アリアは鬱憤が溜まっているのだ。
練習場が使えれば鬱憤晴らしが出来る!と、アリアは走り去って行った。
「……師匠」
「鍛練にはなるだろう? 頑張れよ」
やはり鬱憤晴らしの相手は自分なのだろう。稜真は天を仰いだ。
ダッシュで戻って来たアリアは、許可が出たと満面の笑みだ。ただし魔力抜きで、純粋に剣技だけを使うように厳命された。おまけに刺繍と両立させる事が条件だ。アリアはそらを連れて、母の元へ向かった。
「──さて、観客もいなくなったな。リョウマ。新しい剣を見せてくれ」
スタンリーも報告書を読んでいる。ドラゴンに貰ったという剣が気になっていたのだ。
稜真はアイテムボックスから迅雷を取り出した。
「これです。ちょっと癖のある剣なので、気を付けて下さい」
注意されたスタンリーは、てっきり癖のある刃なのだろうと思い、無造作に手を伸ばした。迅雷に触れようとした瞬間、バチン!と雷が走った。
「いてっ! なんだ、この剣は?」
「すみません。この刀は、俺以外が触るのを嫌がるんです」
「はぁん。さすがはドラゴンに貰った剣、ってとこかねぇ。まあいい。お前が振る所を見せろ」
「はい」
稜真に剣道の経験はない。日本刀と剣の使い方の違いも分からない。魔猿を倒してから、まともに使ったのは武器屋で試し切りをした時だけだ。
だが、迅雷は自分の分身だとルクレーシアは言った。
稜真は迅雷を左腰に佩き、呼吸を整える所から始める。すらりと抜き放ち、正眼に構えた。
先日と同じく迅雷に意識をやれば、体は自然と動く。この動きを、自分の物にしなくてはならない。そう決意しながら、稜真は迅雷に身を任せた。
「──その剣の使い方は、誰かに教わったのか?」
「いいえ。昔使っていた人の姿を見たくらいで、見よう見まねです」
テレビで見たのだから、嘘ではない。時代劇やアニメの知識と言う点が微妙だが。
「片刃で細身の剣…刀だったか。初めて見たな。どうだリョウマ。ひとつ、その刀で手合わせしてみるか?」
「まだ使い慣れていないので、もう少し待って下さい。木刀が出来たら、お願いしたいです」
使い慣れない迅雷での手合わせは自分が怖い。スタンリーならば大丈夫だと思うが、何が起こるか分からない。何しろ、女神の加護が入りすぎた刀なのだ。
「そうか。使い慣れていないなら、普通の剣もいるんじゃないのか?」
「そうですね」
「1本やるよ。今度は無くすなよ」
「はい。ありがとうございます」
「それとな。お前、大分お嬢様に揉まれたみたいだし、体術も覚えてみるか?」
「はい! 教えて欲しいです!」
「そうか、なら明日からな」
自分に何か出来るか、しっかり把握したいと考えていた稜真にとって、スタンリーの申し出はありがたかった。
きさら用の場所も完成し、いよいよ呼ぶ事になった。大工仕事をしたスタンリーが、使い勝手の確認をする為に付き合ってくれた。
事前に稜真は、きさらと念話が繋がるか試した。距離は関係ないのか、無事にドラゴンの山にいるきさらと繋がり、今日呼ぶと伝えてある。
稜真は石笛を吹いた。
笛の音で空間が繋がる。呼んで貰えて喜々としているのはいいが、きさらは何を運んでいるのだろう。
得意げに嘴で白く大きな物を咥えて、ずるずると引きずって来る。
「きさら…それ……」
『ご飯獲って来た。これできさら、主と一緒?』
きさらが引きずって来たのは、自分よりも大きな白い熊の魔獣だった。自分のご飯を持って来れば、ずっと一緒にいられると考えたのだ。その行動は可愛いと思うが、獲って来た魔獣が大きすぎる。
『主、食べる?』
「きさらが獲って来たご飯なんだし、俺は──」
「リョウマ」
いらないよ、と言いかけた所で、スタンリーに止められた。
「あの魔獣、高級食材だぞ。討伐ランクも高い。可愛い顔してるが、さすがはグリフォンだな」
(……高級食材)
「きさら、分けて貰ってもいいかな? その分、他の食べ物をあげるよ」
『うん。きさらの分は皮を剥いて欲しい。皮ごとだと食べにくいの』
「分かった。師匠、手伝って下さい。俺、解体法が分かりません」
「あ? ったく、仕方ねぇなぁ。あいつも呼んで来るか」
スタンリーは料理長を呼びに行った。
高級食材と聞いて、料理長が勇んでやって来た。きさらの姿に驚いているが、怖がってはいない。
「これが聞いていたグリフォンか、でかいなぁ」
「きさら、ご挨拶して」
「クォルル」と、きさらは頭を下げる。
素直で可愛いきさらに、料理長の顔がほころんだ。
早速、3人がかりで解体を始める。
毛皮、薬の材料になる内臓各種、肉各部位、おまけに大きな魔石も見つかった。
「どれだけ貰っていいんだ?」
料理長が聞いた。
「聞いてみます。きさら、どれだけ分けてくれる?」
『ん~? 全部あげてもいい。葉っぱたくさん食べたい』
「全部あげてもいいと言っています。代わりに葉っぱをたくさんくれと」
「そりゃあ、ありがたいな」
料理長は熊肉の料理法を色々と考えているようだ。
肉と内臓の1部を例の食器に入れてやると、骨ごとバリボリと噛み砕いた。
きさらのいう葉っぱは、料理長が各種野菜を提供してくれた。特に気に入ったのは人参と大根で、前足で掴んでパリパリ齧る。山積みの野菜をペロリと、美味しそうに平らげた。
きさらは食事を終えると厩に入り、自分の部屋を確認した。どうやら気に入ったようだ。馬達も、先日と変わらず受け入れてくれた。
さて、出て来た魔石1つで、冬の間のきさらの食事は賄えると聞いて驚いた。毛皮も物がいいので、なめして伯爵家に置かれる事になった。
「自分で食費と家賃を稼ぐとは、賢いグリフォンですね」とオズワルドが相好を崩した。
稜真としては、これで伯爵家の負担も減るとありがたく思うのだった。
──後日。
「すみません、師匠。貰った剣が壊れました」
「壊れたってお前…何をやらかした?」
「俺じゃありませんよ…」
稜真は真っ二つになった剣を取り出した。
「……見事に折れてるな」
「はい。刀と一緒にアイテムボックスに入れておいたら、こうなっていました。どうやら焼きもちを焼いたみたいです」
こんな所に女神の加護が多すぎた結果が出るとは、稜真は夢にも思わなかった。
「お前に他の武器を使わせないってか。どうすんだよ、そんな焼きもち焼きの刀」
「どうしましょうか…」
「つくづく厄介な物を引き寄せる奴だな、お前は」
スタンリーはガリガリと頭をかく。
「ま、仕方ないな。お前はその刀だけ使っておけ。予備が必要なら、お嬢様のアイテムボックスに入れておけばいいだろうよ」
「はは、その手がありましたね…」




