閑話.人生が変わった人達
「ほっほっほ。お帰りなさい、リョウマ君」
王都に戻ってから何日たったやら。休暇に入る前に商会を訪ねた時カルロスは留守だったので、早く会いたいと思っていたのに。
「遅くなりました」
稜真が謝るとカルロスは笑った。
「顔を見せてくれただけでうれしいのですよ。それに──」
稜真の近況は茶飲み友達から聞いていると言われ、どこまで聞いたのか稜真はちょっぴり不安になった。茶飲み友達とは大地の精霊ソルなのだから。
いつも通り温かい表情で迎えてくれたカルロスに、余計な事は話していないと判断する。カルロスに持って来たお土産はグリフォンの木彫りや蜂蜜などで、カルロスが喜んでくれそうだと思ったらつい買ってしまった品々である。
考え抜いて買うべきだったかと、雑多な品々に思わず反省する。
それらを手にとって、カルロスは顔をほころばせた。
「おやおや。これはうれしいですなぁ」
「喜んで貰えたなら何よりです」
これはどこで買った、これはどこそこで見つけたと稜真が説明するのを、カルロスはうれしそうに聞いてくれる。
今日、アリアと稜真は別行動だ。
サーシャから新学期前に本屋巡りをしようとお誘いがあり、張り切って出かけて行った。と言っても単独で出かけたのではなく、サーシャが男爵家の馬車で迎えに来てくれて王都を回る計画だ。
教室では思う存分趣味の話が出来ないので、その前にたっぷりと語り尽くしておくらしい。
たっぷりと何を語り尽くすのかは分かりきっているので、今の内に吐き出しておいてくれと稜真は思っている。
稜真のお供はそらだけで、残りの従魔達は、楽しく秘密基地の拡張に励んでいる筈だ。
訓練に励むコボルト忍者隊には近づかないよう言い聞かせてある。ももとさちがいれば大丈夫だと分かっていても、心配だったので。
教官のギジェルが気にかけておくと言ってくれたので安心だ。
稜真とギジェルとはすっかり意気投合した。意気投合した元凶のマダラはふらりとどこかへ行ってしまったが、気まぐれなのが常なのでどちらも気にせずに親交を深めたのである。
明日から新学期だ。
今日はカルロスとのんびり話をするつもりである。カルロスが茶を入れてくれたので、稜真はお茶菓子を取り出した。
そして稜真が旅の話をしようとした時。──ドタドタドタッ!と階段を駆け下りる音がしたかと思うと、バタン!と騒々しくドアが開いた。
「リョウマ!」と叫んで駆け込んで来たクライドに稜真は身構えたが、抱きつき禁止を覚えていたクライドは寸前で停止し、きらきらした目で稜真を見つめる。その姿はまるで待てをしている大型犬だ。
抱きつき禁止を覚えていたのは良いが、雇い主の部屋にノックもせずに入るのは問題外である。
ついで、息せき切った姉のナディアが部屋に飛び込んで来たかと思うと、クライドの頭にげんこつを入れた。
「いってぇーっ!? 何すんだよ、姉さん!!」
「こっちのセリフよ! 雇い主様のお部屋に、ノックもせずに飛び込むなん…て?」
続いて来たリアムがカルロスに頭を下げてから、「ノックをしないで飛び込んだのはお前もだ」とため息を付いた。
「あ、あら?」
「ほっほっほ。賑やかですなぁ」
「カルロス様、申し訳ございません!!」
「かまいませんよ。元気が良くて何よりです。リョウマ君以外のお客様がおいでの時は困りますがね」
楽しげに笑うカルロスに姉弟は身をすくませ、リアムは深く頭を下げた。
「今からリョウマ君の話を聞くところなのですわ。一緒に聞きますかな?」
「「ぜひ!!」」
声を揃えた弟と夫にあきれつつも、二人を野放しにしてはならないと感じたナディアは、改めて部屋に飛び込んだ非礼を詫びてから席についた。
カーマインの町で観光した話の次は、プレイステッド領の出会い話だ。
「のどかな光景だね! まさかメルヴィル領がこんなに平和だとは思っていなかったよ。あっははは」
さわやかに笑っているのは、元プレイステッド領土木課職員で偽勇者のジョーである。無事にメルヴィル伯爵家に雇われたジョーと元土木課課長のダグラスは、伯爵家内とデルガド周辺路の整備を終えて、他の地域の調査に出ている。
どこから整備をするのか、資材はどの程度必要なのか。それらの計画を立てるのは領主の仕事なので、あくまでも調査なのだが、そこは土木馬鹿のダグラスだ。「ここだけは手を入れねば!」と足が止まり、整備を始めてしまうのである。
放っておけば危険な場所の応急処置程度はジョーも協力し、熱が入りすぎて動かなくなれば背を押して移動させる。計画書作成に熱中するダグラスに食事をさせ、風呂に入らせ、と大忙しである。
それでもジョーは、ダグラスの精霊術を間近で見られる環境が満足だった。
(メルヴィル領は精霊が多い気がするね! ここなら、私も課長のように立派な精霊使いになれる気がするよ!)
未だにジョーは課長呼びが直らない。
一応直そうとしてみたが、メルヴィル領にも土木課を作ると決まり、初代課長にダグラスが就任するそうなので直すのを止めた。
そんなジョーの視線の先には、スケッチに励むダグラスがいる。絵心のあるダグラスの精緻なスケッチは、道の特徴をとらえるだけに収まらない美しい絵だ。
スケッチの邪魔はしたくないが、今にも雨が降りそうだ。
「課長、移動しますよ」
「…ん? あ、ああ。雨が来そうなのか。急ごう」
意識が向けば、天候に敏感なのは精霊使いのダグラスの方だ。
伯爵家まではジョーの愛馬に相乗りしていたダグラスは、自分の馬を与えられている。
新たな仕事に励んでいるダグラスとジョー。
別れた元部下がどうしているかというと、プレイステッド領に帰って農業に励んでいた。土木課が解体され、道の整備がされなくなったプレイステッド領だが、今すぐにどうこうなる訳でもなく、農作物が豊かな領地に変わりはない。
土木知識がある彼等は、頼まれれば近隣の道を整備していた。──ダグラスと違ってごく普通の職員だった彼等には限度があるので、現領主様が道の大切さに気づいてくれるのをただ待っているしかない。
(無理かもしれんなぁ)
無理でも家族が住む土地なのだ。簡単に手放して去る決定は出来ずにいる。
暗雲が立ちこめる帰郷組に対して、未来が開けているのがイガルだ。
何事もなく王都に着いた彼は、これまた何事もなくあの劇団に迎え入れられて、「ふふふ~ん。ふんふふ~ん」と鼻歌を歌いながら劇場の床にモップをかけていた。
すでに端役をもらって、劇場デビューも飾った。
顔が十人並みなので、目指すのは個性派俳優だ。すでに次回作で偽勇者役が決まっているイガル。
ジョーのぬるりとした奇天烈な動作は出来ないが、うさんくさい演技には自信があるのだ。
「目指すは有名俳優っすよ!」
夏期休暇の稜真達と遭遇して人生が変わった人々。
マイナス方面に天秤が傾いたホルガーは、新学期を迎えることなく教職を首になった。彼の護衛をしていた二人と御者に細かい不幸が訪れているのは、稜真の怒りを買ったと知った精霊が悪戯しているからだ。
自業自得な人物達のことは、すでに稜真の頭から抜け落ちている。
元土木課職員達とのエピソード、王子のメルヴィル伯爵家滞在、共同研究。
稜真は話題に事欠かないが、自分ばかり話していてもつまらない。
同級生の滞在話で頬をふくらませているクライドに話を振れば、友人とダンジョンに行っていると言うではないか。
その友人とは、王立学園に通いながら剣術校にも通っているクルトである。
因縁があった剣術校に招かれたクライドは、そこに通うようになっていた。クルトと一緒に剣を振り、すっかり仲良くなったのである。
クルトは騎士を目指して剣の腕を磨いているが、クライドは騎士になるつもりはない。だが強くなりたい気持ちは同じだ。
弟に初めて友達が出来て、ナディアはうれしくってならない。喜びすぎては弟がへそを曲げるだろうから、感情を出すのは夫の前だけである。──が、弟が稜真に報告する姿に、思わず目がうるんでしまうナディアなのだ。
一方、夫のリアムはというと。稜真に正された元土木課職員達に嫉妬し、伯爵家に滞在した王子達にも嫉妬していたりする。
複雑な男心をこじらせているリアムはさておいて、カルロスは孫のような稜真が楽しそうに話す姿に和んでいた。
特に、同級生と学生らしい生活を送った事が嬉しくてならないのだ。
カルロスは稜真とすれ違いになった原因の旅について話し、元土木課職員達に通行料を支払った話もした。
リアムとナディアも護衛の話をして。
この日は遅くまで、話が尽きる事はなかったのである。
新学期の話を書いていたんですけど、そう言えばあの人達の事書いてないや──と。
とても合間に差し入れる量ではなくなってしまい、閑話になってしまいました。
次回こそ、新章で新学期です!




