748.初日
「おはよ…っす」
「お…はよう」
「あー、おはよー」
教室に入ってきたイサとジョナスとマックが、立っていた稜真を見て顔をそらしながら挨拶をした。続いて入ってきたエスターが3人の様子に不思議そうな顔をしてから、「おはようリョウマ。久しぶりだね」と挨拶をした。
3人は稜真に背を向けて肩をふるわせている。
「おはようエスター。…そこの3人はあそこに加わろうか」
「「「「うえええっ!?」」」
「まだ、なんも言ってねぇのに!」
「そうだぞ! リョウマが小さくなったって言ってないっての」
「ジョナス、この馬鹿っ」
イサがあわててジョナスの口をふさぐがもう遅い。床に正座させられている失言男子の仲間入りだ。
「ちっ! どいつもこいつも」
(あははは~。成長期の男子はすごいな。みんなスクスク伸びちゃって、稜真が見おろされてる。身長についてからかわない約束は覚えてたみたいだけど、目がものを言ってるんだもんねぇ)
3人は、「リョウマは成長してないな」、等と口にできずに顔をそらしていたのである。稜真も伸びてはいたのだが、他の面々の伸び方と比べれば、微々たるものだった。
稜真の怒りを感じた3人は、すごすごと正座する連中の仲間入りをした。
アリアは笑った。
笑ったとバレたら正座の仲間入りをさせられてしまうから、こっそりとだ。──が、ここにいるとバレそうなので、登校してきた女子の方へ挨拶に向かった。
稜真だって、直接口に出されなかったら正座はさせなかったのに、2年からクラスメイトになったコリンとハンスとカミルは約束を知らなかったので、顔を合わせた途端に「リョウマ、縮んだか?」と言い放ったのだ。
それを聞いたテオが「リョウマの身長については口に出したら駄目だぞ!」と言い、ついでロイが「禁句なんだって!」と言ったのだ。
ピキッと顔を引きつらせた稜真が、ぷぷっと笑った者と失言した連中を正座させたのである。
「おはよ…う? ふむ。新学期早々か」
「あっははは!」
「異常な光景ですけど、何故か学園に来たと実感できますね。って、エディ? いきなり正座に加わろうとしないでくれますか?」
エドウィン、サディアス、ディアンである。
自分から正座しようとしたエドウィンを止めたサディアスが、「母が、頂いたお土産を喜んでいたよ」と、稜真に礼を言った。
「うちもうちも!」とディアンも言う。
稜真がと言うか、ミルティアからのお土産だ。女性が喜ぶからと、蜂蜜だけでなくローヤルゼリーも渡したのだ。それだけ3人は気に入られたのである。
ちなみに先輩2名と護衛2名も貰っていた。
素直に喜んだナディムとロベルトに対し、困った顔になったのはビリーとステファノだった。家族仲が微妙だからだ。その内改善するかも知れないし、売れば学費の足しになるからと思い直して、ありがたく受け取ったのである。
「エディ様は浮かない顔ですね? 母君は喜ばれなかったのですか?」
「喜んだ。ものすごく」
「…ものすごく?」
王妃様が、稜真が作った妖精種の蜂蜜入り菓子を捧げ持っていた姿が頭に浮かぶ。
共同研究は学園で複写する予定だったが、提出当日ではバタバタするからエドウィンが城で複写すると言ってくれたので預けていた。
1部は自分達の提出用に。もう1部は先輩達の提出用に。原本は伯爵家で保管──というかミルティアが欲しがったので次回帰省したときに渡す予定なのだ。
複写はすぐに終えたエドウィンだったが、夏期休暇の話を家族にした時に見せてと言われてしまったのだ。
出来の良さに驚かれ、父に褒められたのは誇らしかった。そこまでは良かったのだが、母が抱えて離してくれず、もう1部複写する羽目になったのである。
「事後承諾ですまない」
「それは構いませんけど」
「母には持ち出し禁止、回覧禁止と厳重に言ってある…のだが…」
妖精種の蜜蜂に関する書物は少ない。学園に提出後はきっと、あちこちで読まれるようになると稜真は見当がついていた。
ディアンとサディアスは知っているのだし、共同研究者の半数近くが了承したのなら本当に構わない。だから気にするなと言っても、エドウィンの表情は暗い。
「母は…祭壇を作って飾っている」
「は? なんですって?」
「祭壇としか言いようがないんだ」
白い布を敷いた棚の中央に共同研究を供え、片側にはローヤルゼリー、もう片側には蜂蜜と蜂蜜飴が並んだ祭壇は、メルヴィル領方向に置かれている。王妃様は朝夕に、祭壇に祈りを捧げていると言う。
自室にひっそりと作られた祭壇なので、城で知っているのは王妃に仕えている侍女くらいだ。蜂蜜飴を下賜されて効能を実感している彼女らは、王妃と共に祈りを捧げているらしい。
「祈りって…何に対してです?」
「妖精種の蜂蜜を生み出して下さった全て…だそうだ」
そう言ったエドウィンは、遠い目をしている。
精霊の道で拝まれたり、ドラゴニアで聖女信仰が広まっていたりして頭が痛かったのに、まさか城で祭壇とは。
あくまでも祈りの対象は妖精種の蜂蜜なので稜真には関係ないと言えるが、稜真作の蜂蜜飴が飾られている時点で無関係と言いづらい。
(製作者をもらさないように、しっかり口止めしておこう…)
養護教諭への口止めを、忘れないよう心に刻む。
祭壇諸々が、王妃様の部屋から広まらないことを願う稜真であった。
久しぶりの担任は、物憂げな表情を浮かべていた。教壇に立ったロジャーは、挨拶の前に「──はぁ」とため息をついた。
「うぐ!?」
「はぅ!?」
1部の男子が頬を染め、1部の女子が胸を押さえる。
「せんせー。もれてるもれてる」
「…あ…ああ。すまんな」
1学年の終わりに、ロジャーは太陽の神と月の女神の加護を貰った。そのせいで、ただでさえあふれていた色気がダダ漏れになって被害が多数出たのだ。当時のクラスメイトで制御方法を模索したが、結局どうにもならず、稜真がそら経由でグスターヴァスに対策を相談し、色気の威力をおさえる指輪を作ってもらったのだ。ロジャーの指を見れば、ちゃんと指輪ははまっている。
頬を染めた男子はコリンとハンスとカミルなので、そもそもロジャーの色気耐性がなかったのだ。
それ以外の男子と女子は夏期休暇で間が開いたので、色気耐性が薄れてしまったのだろう。
「留学生の件で頭が痛くてな…」
いつ学園に来るのか、来たらどうするのか、夏期休暇中に何度も職員会議が行われていたのだ。本人が来なければ対策のしようがない。
夏期休暇前にふらりとグランゼール王国に旅立った隣国の王子様ハリルは、母国と従者に叱られてつい先日戻って来た。彼から聖王国一行の様子を聞けたのは良いが、明らかに問題を起こしそう人物で頭が痛い。
おまけに、一行を引き受けるのは一般科と決まってしまったので、確実に関わらねばならないのだ。ため息を出すなと言われても、どうしても出てしまう。
「──まぁそれはいい。全員変わりはないな。課題は出来ているか」
普通に提出した者がほとんどだったが、学科のプリントをやっていない者がいた。
「持ってくるのを忘れました!」と言いわけしているが、目をそらしている様子からやってないのだろうと見当がつく。
「はぁ…。2日だけ待ってやる」
「2日じゃ無理ーっ!」
「……3日だ。それ以上は待たん」
「そんなぁ」
提出しなかったのは主に、冒険者組の男子だった。
今日は課題の提出で終わりだ。さて帰ろうと席を立った稜真の前に、男子がずらりと並んだ。
「リョウマ様! お願いです!!」
「……なんだ?」
「勉強を教えて下さいっ!!」
「あのなぁ…」
新学期早々何事か。宿題をしなかった訳を聞けば、依頼を頑張りすぎたと言う。新学期が近づいてあわてたものの、勉強から離れすぎていて頭が働かず、思うように進まなかったと言う。
懇願する彼等を放置できる稜真ではない。
この日の放課後から、教室を借りて勉強を教える羽目になったのである。
章タイトルは仮です。
もうしばらく聖王国の王子様の出番は来ないので、変更するかも知れません(^_^;




