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羞恥心の限界に挑まされている  作者: 山口はな
第27章 2年生の夏期休暇

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745.新学期の前に

 普通に裏技移動を駆使し、王都に到着するのを昼前に調整。

 何事もなく王都に到着した。


 伯爵邸に帰る前に冒険者ギルドに寄って、ベティに到着の報告。ベティもメルヴィル領に行っていたが、そこまで長期の休暇は取れなかったので、半月ほどで戻っていたのだ。

 ギルドを出たら猫が花道を作っており、冒険者や町の人々が、猫の邪魔にならない位置に集まっている。


『『『『『若! お帰りなせぇまし!!』』』』』


「ニ……ぐっ!? ──散れ!」


 稜真の言葉でピシッと背を伸ばした猫達は、ひと鳴きして散って行った。ひと鳴きした言葉を翻訳すると、「かしこまりましたっ!!」である。


「助かった…けど、もう少し力を抜いてくれないか?」

「あわててたから~。次は気をつけるね!」

「そうしてくれ」


 次がないのが1番なんだけどな、と稜真は心の中でぼやいた。


「ニ……ぐっ!? ──散れ!」を説明すると、猫語で突っ込みを入れようとした稜真にアリアが肘鉄を入れ、稜真がうめき声を上げ、立て直して散れと言ったのである。

 メルヴィル領でゴヴァンの前で猫語を使ってしまった稜真は、もし猫語を使いかけたら止めてくれと、アリアに頼んでいたのだ。


 それはさておいて。遠巻きにしている人々がこちらを見て、「猫使い」「猫使い」と言っているのが聞こえるので、急ぎ足でその場を離れた。


 伯爵邸に帰宅した稜真とアリアは、先に戻っていた瑠璃とマーシャに迎えられ、久しぶりに落ち着いた夜を過ごしたのである




 水路が張り巡らされている王都は夏でも涼しいが、やはり日差しは厳しい。純粋な気温で言えば、メルヴィル領の方がすごしやすかった。

 だが、今稜真が座っている場所は、涼しくてすごしやすい。


(風が気持ちいいな)


 ひんやりした風で乱れた前髪を、稜真は右手でかき上げた。木々が日差しを遮っている上に、すぐそこに噴水がある。

 芝生の上に広げられた敷物の上に座った稜真は、自分の両脇にぴったりとくっついて眠っているヴィクトリアとヴィルフレッドを見て微笑んだ。

 さっきまで稜真の取り合いをしていたのが嘘のように、幸せそうな顔で眠っている。


(ふっ…可愛いな)


 乳幼児の柔らかさに、稜真はもふもふと同じ癒し効果を感じた。王都までの強行軍の疲れがとけていくように思えたのだ。──もっとも、乳幼児と再会してから眠るまでには、たいへんな騒動が巻き起こっていたが。


 双子の真ん中に座っている稜真が伸ばした足の上で、アンネリーゼがすぴすぴ眠っている。最初は抱っこしていて、眠ったから降ろそうとしたらむずがり始めたので抱っこをし直した。何度かそれを繰り返し、降ろすのはあきらめて足をベッド代わりにしてみたら眠ってくれた。

 固い足上では寝心地が悪いだろうに、と思っても、移動させようとしたらむずがるので仕方がない。せめて足に乗せる前に、タオルでも敷いてやれば良かった。


 もっとも、アンネリーゼは満足そうに眠っているので、稜真が思うほど寝心地は悪くないのだろう。お腹を冷やさないように、3人の腹にタオルをかけてやった。


 ここはフォーテスキュー侯爵家の庭園だ。


 稜真が王都に着くのを待ち構えていたらしく、到着した翌朝には手紙が届いて呼び出されたのである。手紙を届けたのは、パトリスの従魔ファルコだ。

 アリアと稜真宛になっていたが、子供達が会いたがって泣いていると書かれていたので目当ては稜真だ。夏期休暇前に届いたクリスティアンからの手紙ほど切羽詰まっていないのは幸いだが、とにかく行くしかない。


 学園が始まる前にやらねばならない事はほぼ終わっていたので、その日のうちに侯爵家を訪れた。夏期休暇前に来た時よりは、侯爵家の人々の顔色は良いが、疲れた顔はしている。

 前回と同じく、稜真は子供部屋に連行された。


 子供部屋に入った途端、アンネリーゼと目が合った。


 アンネリーゼはまだ、はいはいをマスターしていない。ゴロン寝返りをくり返す移動と、両腕で体を持ち上げる事だ。今もそうやって上半身と顔を上げていたアンネリーゼは、稜真を見て顔を輝かせ、はいはいしようとしてペシャリとつぶれた。


「ふ…ふにゃあああっ!」と泣き出したアンネリーゼを、稜真は抱き上げてあやす。稜真が抱き上げたのを確認してから、トテテと近づいたヴィクトリアとウィルフレッドが足にしがみつき「「婚約して!」」といつものセリフを言ったのだった。



 稜真が来たので、子供達の『稜真ぬいぐるみ』は洗濯に回された。特にアンネリーゼのぬいぐるみは、よだれやら何やらでうす汚れていたのだ。

 乳母が「お風呂に入れて差し上げましょう?」と言ってみたが、アンネリーゼは頑としてぬいぐるみを離さず、無理に取り上げるとひきつけを起こしそうな程に泣き続けたので断念せざるを得なかったのだ。


 ヴィクトールのぬいぐるみは目立った汚れはないが、ヴィクトリアのぬいぐるみは口回りにシミがあった。それはヴィクトリアが、「リョウマと一緒に食事をする」と言って、ぬいぐるみの口元に料理を運んでから自分が食べていたからだ。

 食事が終わってから乳母が汚れを拭き取ったものの、布にしみこんだ汚れは拭いた程度では落ちなかった。汚れが目立つようになってからは、ヴィクトリアのぬいぐるみに食べさせるのを止めている。


 ぬいぐるみの洗濯を嫌がるのはアンネリーゼだけではなかったので、稜真が来るのを今か今かと心待ちにしていたのだ。


 3人のぬいぐるみはきれいに洗われて、夏の日差しの下で干されている。明日の朝には乾いているだろう。


 洗い替えのぬいぐるみが欲しいと、母親のマデリーンにお願いされた。

 双子のぬいぐるみはコレットに注文すればいいし、アンネリーゼのぬいぐるみは稜真が作ればいい。同時に渡した方がいいだろうから、発注したぬいぐるみが届くのに合わせて作ろうと思い快諾した。



 子供達を素直な天使にしてくれる稜真は、侯爵家の人々から影で拝まれていたりする。アリアが見たなら、こんなとこでも信者を増やしちゃって〜と笑っただろう。


 さてアリアはと言うと、稜真がくつろいでいる庭が全く見えない屋敷内にいた。


(はっ!? 稜真が自愛に満ちた表情をしてる気がする。うううううう~! 見たいよぉ!! 子守りなんだから、絵本を読んでるかも知れないし、子守歌を歌ってるかも知れないのに~!! うわ〜ん!!)


「アリアヴィーテ。集中なさい」

「はい。申し訳ございません、お祖母様」


 内心の叫びをおくびにも出さず、アリアは淑女らしく優雅に礼をして見せる。


 稜真が子供部屋に連行された時、当然アリアもついて行くつもりでいたのだが、祖母のイザベラに捕まえられたのである。


(ううう。なんでも言う事聞くって言ったけども〜〜)


 王都までの賭に負けたアリア。露天風呂に入る稜真の背を向けて教科書を読まされたのがお願いだと思っていたが、あれは単なるのぞき防止策だった。

 稜真が使ったお願いの権利は、侯爵夫人によるマナーレッスンであった。子供部屋に連行される前に、稜真はイザベラに「お嬢様をお願いします」と頼んだのである。


「任せなさい。腕がなります。ふふふ」

「うええええっ!?」


 まさかドS様ではなくお祖母様に指導を頼むとは予想外過ぎた。


 稜真がいつイザベラに頼んでいたかと言えば、今朝だった。手紙を届けに来たファルコに、イザベラ宛の手紙を渡していたのである。

 手紙を受け取ったイザベラは、手ぐすね引いてアリアを待ち構えていたのだった。


(お祖母様は大好きだけど、ドS様よりも厳しく感じるのは萌えがないからだよね…。ドS様の冷たい声、冷ややかな視線は怖いけどドキドキするんだもん。──私はドМじゃないけどね!!)


 気がそぞろになっていると、イザベラには伝わる。


「……アリアヴィーテ?」

「申し訳ございません!!」


(真面目にやらなくちゃ!)


 アリアは自分に活を入れた。

 しっかり言われた事をこなすと、イザベラの目が優しくなる。厳しい態度は変わらないのに、瞳の奥が優しくなるのだ。


(ふむ~ん。お祖母様の立ち姿…美しいなぁ。憧れちゃう)


 祖母からのマナーレッスンを乗り越えたら、自分も美しい立ち姿になって、稜真に見直されるかも知れない。厳しい態度に垣間見える優しさにギャップ萌えを見いだし、アリアは頑張るのだった。




 アリアを叱ったイザベラだが、内心では舌を巻いていた。

 進んで社交に参加しなかった我が娘が仕込んだにしては、アリアの所作は文句の付け所が少ない。──文句の付け所がないと言い切れないのは、時おり心がどこかに飛んでしまうからだ。


 まさか現在子守りをしている稜真が主に仕込んだとは、夢にも思わないイザベラである。




 そろそろ昼寝から目覚めるだろうか。

 乳幼児の様子を観察しながら、稜真は屋敷の方を眺めた。


(今頃アリアは悲鳴をあげているかな?)


 いつもメルヴィル領に帰省したら、アリアは母からマナーレッスンを受けているが、今回はろくにレッスン出来なかった。クラウディアが馬車酔い克服訓練で寝込んでいたり、共同研究に忙しかったりしたからだ。


 稜真はクスッと笑った。のんびり出来るのは、乳幼児達が目を覚ますまでだ。そらとちょこは庭の探検に行っている。ちょこには、地面を掘ったりしないように言い聞かせてある。

 ももとさちはこちらを気にしながら、噴水の水で遊んでいる。


 読書でもしていよう、と稜真はアイテムボックスから本を出して、開こうとした手を止めて顔を上げた。


「ボス。こんなところまで来て、何かありましたか?」


 猫姿のマダラが近づいて来たのだ。

 猫にしては大きなマダラを警戒し、騎士が走って来ようとするのが見えたが、稜真が身振りで止めた。と言うか、ここまで侵入を許した時点でアウトではなかろうか。


 マダラは咥えていた手紙を稜真に渡すと、わざとらしく騎士達の前を通り、悠々と歩いて去って行った。


 稜真は手にしたままだった本をアイテムボックスに戻し、手紙を開いた。


 どうやら、新学期前にやっておかねばならない事がまだあるようだ。

 いつカルロスにお土産をいつ渡しに行けるか、頭の中で予定を立てる稜真であった。




前話のラスト。

ぬいぐるみの装備描写を増やしました。


次回から新学期って言ったのは誰でしたっけ(^_^;)

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