744.裏技移動
メルヴィル領を出る前に野営をする事になった。
稜真は、自分を離そうとしないきさらの腕の隙間から美しい星空を眺めた。
そうしていると、大地の精霊ソルの言葉が頭に浮かんだ。
「リョウマや。姿かえは狼と猫に限った方が良いな」
変身のお披露目をさせられたあの日に言われた言葉だ。
獣人と違って様々な姿に変わる自分を見て、精霊とドラゴンはどんな反応をするのか。稜真も少しは不安に思っていたが、ある意味予想通りだった。彼等は、創造神様が稜真に与えた力なのだから、と素直に受け入れてくれたのだ。
──受け入れてくれたのはいいが、酒の肴とばかりに思う存分にからかってくれたので感謝の気持ちは半減どころかかき消えたが。
それに対して、頭を撫でながら助言してくれたソルには、くすぐったく思いながら心から感謝した。この世界に狐の獣人は存在していても九尾はいないし、ましてや宙に浮かばない。
変身する場合の注意点を挙げた後に、ソルは「だが、もしも危険が及んだ場合は、命を守る方を優先するのだよ」と言ってくれた。
それを聞いて声を上げたのが酒宴をしている、酔い潰れている精霊以外の面々だ。
「我のところに来るが良い!」
「何を言うか。ジメジメした水の底よりも、我の山の方が良いに決まっておるじゃろう。グリフォンもおるしな」
「あら? 湖の家の結界を強めれば良いのですよ」
「国を出た方が安心できる。夫達も歓迎するぞ?」
「ふふ。知った者を消してしまえば問題なかろう」
いい考えだ!と意気投合する精霊&ドラゴン、シャリウの妻達とアリアを止めるのが大変だった、と稜真は思いだして苦笑した。
自分と仲間を守るのを第1に。
危機に陥らないのが1番だが、何が起こるか分からない異世界だ。
自分の素の力を高める努力は欠かさない。スキルを含めた能力も使いこなせるようにする。見つからないように、目立たないように、は心がけようと、改めて稜真は心に誓った。もしも見つかってしまったら、相手の身の安全は保証できないのだから。
「……行くか」
「ふふふ〜ん。ふふふふ〜ん」
楽しそうなアリアに対し、稜真は浮かない顔になる。これから裏技移動をするからだ。しかも、いつも以上にスピードを上げねばならない
(まぁ…俺のせいだから文句は言えないんだよなぁ)
メルヴィル領を出る前に野営をしたのは、きさらが寂しがったからだった。途中まで稜真を乗せられる喜びをかみしめていたきさらは、別れが近くなると言葉少なになった。気づいたのだ。伯爵家に戻ったら、マーシャとブランもいない事に。
稜真がいなくなると、マーシャは大好きなきさらの世話に時間をかけてくれたし、きさらをしたっているブランもまた、寄り添ってくれた。お屋敷の使用人達もきさらを可愛がってくれるけれど、彼等はいそがしい。マーシャとブランの穴を埋めてはくれない。
他領からの人間が増えるまでは、きさらだけで空の散歩をしても大丈夫だったが、今は危険だ。稜真は出発前に、スタンリーにきさらが飛びたがったら付き合って欲しいと頼んで来たが、きさらがお願いするかは微妙なところ。
シュリの山に行けば兄妹も両親もいるし、のびのびと過ごせるだろう。そう思って提案してみたが、伯爵家に帰りたいと言うのだ。
お手紙の配達があるかも知れないし、何よりも伯爵家の自室には稜真ぬいぐるみがあるからと。きさらが抱っこできる特注サイズの稜真ぬいぐるみは、きさらの宝物なのである。
──余談だが。
エドウィンが滞在中にきさらが見せびらかしたらしく、稜真は彼にじっとりと訴えかける目で見つめられてしまった。もちろん気づかないふりを押し通した。
そんな訳で。
いつも以上に別れを惜しんだきさらを突き放す事が出来なかった稜真は、ぎりぎりまで慰めていたのである。
「稜真、稜真! もうひとつ検証しとかない?」
「………これ以上…何を検証しろと」
「狼くんの身体能力!」
どれだけの速さで走れるか。持久力はどの程度なのか。知っておくべきだと言うのだ。
「どうせ裏技移動は人のいないところを進むでしょ? 森も岩場もあるし、良い機会だと思うの~」
言っている意味も理由も理解できるから「分かった」、と答えようとしたらアリアが続けた。
「それでね! 私と競争してみない?」
「……は?」
「勝ったら負けた方のお願いを何でも聞くって、どう?」
『乗った』
稜真は賭けに乗った。
負けたら何をやらされるか分からないし、勝てるかどうかは微妙だったが、意識を真神天翔に変えて自分に問うてみたところ、負ける訳がないと思えたからだ。
ゴールは前に訪れた秘湯だ。
「よ~い、スタート!」
アリアの号令で、狼に変身した稜真は駆け出した。背中にはちょこがしがみついている。落ちないように、さちがシートベルトになって稜真とさちを固定していた。
黒い風のように駆ける稜真を、アリアはのほほんと見ていた。
「うわ~お。体の大きさは魔狼より小さいけど、稜真の方が早いや。想像してたとおりだね~」
『おねえちゃ。スタートしないの?』
「あ、つい見送っちゃってた。スタートしまっす!!」
バビュン!とアリアは駆けだした。
あわててそらがアリアを追う。ももはそらのガード役で急所を守っている。
そらとももはアリアの監視役である。不測の事態が起これば、そらが稜真に念話を贈る手筈となっていた。
(勝ったらあの本を読んで貰おっと~。サーシャも誘って…うふふふふ)
怪しい妄想をしていたせいか、はたまた稜真が変身した狼の身体能力が想像以上だったせいか、アリアは負けてしまった。──稜真の格好良い狼姿に見入って追い越すのを忘れていたのが敗因である。ぴったりと後ろについて来られて、真神天翔の意識はあり得ないと焦り、稜真はさもありなんと納得していた。
「あうううう…」
『おねえちゃ。はやく、よむ!』
「分かってますぅ。──歴元年。時の皇帝」
アリアは温泉に背を向けて、教科書を読まされていた。その理由は、賭に負けたからではなくのぞき防止である。
温泉とアリアの間にはそらとももが壁を作っているので、例え振り返っても稜真は見えない。
(壁だけでいいじゃない。信用ないんだから…。私だっていつものぞいてないもん。たまたま見ちゃっただけで)
そのたまたまが多すぎて、事のぞきに関しては稜真の信用が皆無なのである。たんに壁で遮っていたとしてもスキルでのぞき見する可能性があるので、教科書を読ませているのだ。
これでひと安心、と稜真は湯の中で体を伸ばした。
稜真の癒し係を任されたちょこが、稜真に抱かれて一緒にお湯につかっている。
(きさら。泣いてないかなぁ)
今日は早く寝るの…と言っていたので、念話でおやすみだけを言ってある。心配だがどうしようもない。王都の新伯爵邸が完成したら、きさらを連れて来てやれる。もう少しの辛抱だ。
アリアの声をBGMに、秘湯でくつろぐ稜真であった。
きさらは天気の良い日は、空の散歩が日課になっていた。
「空の散歩をしたくなったら、師匠にお願いするんだよ」と稜真に言われていたものの、どうしても乗せたくなかった。日に日に元気をなくすきさらの為に、案を出したのはエルシーだ。
「これでどう?」
「クォン!!」
エルシーは布と紐を使って、一見鞍のように見える袋を作った。その袋に稜真ぬいぐるみを入れてきさらに結びつけたのである。
袋には人のズボンに綿を詰め、ブーツを履かせたモノが縫い付けてあり、きさらにまたがるぬいぐるみの足が長くなったように見えた。
さらにエルシーは、ぬいぐるみにフード付のマントを着せて短い腕を隠した。これで遠目からならば、きさらの背に人が乗っているように見えるだろう。ぬいぐるみが落ちないように、鞍は帯でしっかりきさらの胴体と、紐で首輪にもつないである。
もちろん近くで見ればぬいぐるみだと分かるが、離着陸を伯爵邸に限れば問題はない。デルガド町の人間は、きさらが独りで飛んでいても危険はないと分かっているからだ。
稜真を乗せているつもりのきさらは、元気いっぱいである。
「クォルルル~」
ぬいぐるみを乗せて楽しそうに飛ぶきさらを、町の人々は微笑ましく見守るのであった。
ちょっと遅れました(^_^;)
次回から新学期! 予定です!




