閑話.実写版『陰陽戦記』
暗闇に雷鳴がとどろく。
目を閉じた黒髪の少年が闇に浮かんだ。
少年が右手の人差し指と中指を立てて唇に寄せ『オン』と唱えると、人型の呪符が中に並ぶ。少年が目を開くと、そこには黄金の輝きがあった。
その目が見据えるのは無数の魔性。
心を揺さぶる和調の音楽が流れ、女性ボーカルの歌が始まる。
角の生えた魔性と刀で切り結ぶ主人公の周りには、無数の魔性の姿。主人公の戦いの次は、十二天将だ。全身を現した者もいれば、縦長の瞳しか見せない者もいる。共通するのは強大な力を感じさせる点だ。
炎を纏う朱色の鳥、蛇体をくねらせ牙をむく大蛇、吼える白虎。最後は青竜のブレスで画面が真っ赤に染まりオープニングは終わる。
──これはアニメ『陰陽戦記』のオープニングである。
エリファレットの手で製作された実写版は、原作アニメのオープニングに沿って編集された。
冒頭はあの依頼時の稜真を使ってバック映像を編集。
戦闘シーンはスタンピードの時、迅雷を抜いて戦う稜真を使った。入れ替わり立ち替わり姿を見せる十二天将もよく見ればアニメと違う点があるが、それ程違和感は覚えない。ラストに赤い目の青竜のブレスでちょうど音楽は終わった。
ちなみに歌はアニメのものをそのまま使用している。
観客がパチパチと拍手をした。
ここはルクレーシアのオーディオルーム。観客はルクレーシア、ヴァレンティナ、エドウィナの3柱だ。何かとやかましい長兄に声をかけたらヴァレンティナがくつろげないし、次兄は地上、双子はどこに行ったか分からなかった。
「ふふふん。母様、姉様達。これはまだオープニングなんだよ」
ドヤ顔のエリファレットに、ルクレーシアは表情を輝かせる。
「もしかして! ストーリーもあるのですか!?」
「見てのお楽しみー」
エリファレットは、パチンとウィンクをした。
ヴァレンティナはいそいそとテーブルにスナック菓子を並べ、『人を駄目にするクッション』を抱えて鑑賞態勢に入る。クッションは全員分用意されていたので、エドウィナもため息をつきながらエリファレットがくれたそれを抱えた。
3女神が同じ体勢でスクリーンを見る隣で、エリファレットは全身を預けるタイプの『人を駄目にするクッション』に寝転がり、足を組んでリモコンを操作する。
「それじゃ、スタート」
稜真が意識を変えた安倍晴明のアニメは、現代物である。稜真の協力が得られる訳がないので、舞台設定はこの世界にするしかなかった。
場面は冒険者ギルドから始まる。
出来る受付嬢のベティが、依頼内容をアリアに説明していた。アリアが「任せて~!」と胸を叩いて場面が切り替わった。
稜真はAランク冒険者装備で黒ずくめである。ちなみに変幻する前の沖野伊吹も、黒を好んで着ていた。そして封印を解かれた十二天将は、人型や小動物と化して伊吹の側にいたので、従魔がいるのもそれだと思えばいい。──少々違和感があるのは、黒ずくめの稜真の肩にひよこ色のそらが乗っている点か。ノワールの側にいるそらはちゃんと変身していたのだ。
青く澄み切った空、爽やかな風が稜真の黒髪を揺らす。お散歩気分のアリアと従魔達に対して、稜真は浮かない顔だ。
明るい田園風景がうっそうとした林に変化し、浮かれた様子だった従魔達が警戒態勢をとり、ピンク色のスライムは稜真のふところに入った。
警戒しつつ進むと、林の中に石造りの家が現われた。壁にはツタがからみ、キィキィ、と軋む音が聞こえて来る。稜真は敷地に足を踏み入れた。
塀で囲まれた敷地は広い。
敷地の入り口にあったらしい木の扉は朽ちて倒れ、塀は崩れかけ、または崩れている。この季節なら、草木は生き生きと緑の葉を伸ばしているのに、敷地内の植物はどれも枯れている。
稜真が膝をついて雑草に触れると、パラパラと崩れてしまった。
稜真が右手の人差し指と中指を立てて唇に寄せ、『オン』と唱えると瞳の色が金に変わった。そして稜真の周囲に無数の人型の呪符が現われ、左手を払うように振ると呪符は四方八方に飛んで行った。従魔達の目が呪符を追おうとして、キョロキョロと頭を動かし、ちょこがぽてっと尻餅をついた。
呪符の大半は家の中へと消えた。
『お前達は人が近づいて来ないか見張れ。何かあればそらが俺に知らせてくれ。──ただし敷地内で何が起こってもこちらには来るな』
伊吹に意識を変えている稜真は冷たい声音で言った。
緑色のスライムが魔狼に姿を変える。
ひよこ色の鳥は稜真の肩から飛び去る。
つぶらな瞳のリュカリスだけが戸惑っていたが、魔狼にうながされて背に乗った。そうして林の中に移動した後は、魔狼の背から樹上に移動し、凜々しい顔つきで警戒を始めた。
場面は稜真とアリアに戻る。
花壇の中央にある呪符。
樹上の呪符。
等々。
呪符が示した場所には怪しげな魔道具があり、稜真はそれを回収する。回収の際にアリアが怪力を発揮し、稜真が無言で見つめるシーンでは笑いがこぼれた。
稜真がスマートに岩を蹴り飛ばすシーンでは、ルクレーシアがきゃあとうれしい悲鳴を上げる。
そして場面は室内へと。
順調に魔道具の回収を続ける稜真と、何かにつけて悲鳴を上げるアリア。最後の部屋では円を描いて回っていて、円の中にはこの階に隠されていたであろう魔道具が転がっている。
部屋に足を踏み入れる稜真を、あわててアリアが覆うとした瞬間。
ぞわぞわ…ぐわっ!と地下から黒いもやがわき上がり、稜真とアリアを捕らえようと蠢いた。
『チッ! 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!』
稜真が九字切りを放つと、ズバンッともやが消し飛び、アリアがおかしな悲鳴を上げて床の穴に引きずり込まれた。
「きゃああああっ! …うぇ? ひょええええぇっ!?」
稜真は、ふわりと宙に浮かび、ゆっくりと穴の底へ降りて行った。
ここで画面にエンディングが流れた。
本来のアニメでは、普通の生活を送っていた頃の伊吹の写真や、十二天将とのほのぼのとした光景の写真が写った。その画面の下を小さな九尾の狐がトコトコと歩き、ポップな歌が流れるエンディングとなっていた。
それを踏まえた実写版エンディングには、王立学園の制服を着た稜真とアリア、従魔と戯れる稜真の写真、おまけに巨大な九尾の狐の尾に戯れる幼女達の写真などが流され、その画面の下には猫がトコトコと歩いている。
実写板の製作には、稜真の映像を使ったエリファレットだが、小さな狐になった稜真が歩くシーンはなかったのだ。猫だけはたくさんあったのでそれを使ってある。
ちなみにオープニングの十二天将は似た姿の精霊獣が協力していた。ただし、最後の青竜は違う。グランゼール王国のサナエフ侯爵家で男の娘となっているシヴァンが、強引に協力させられた。
罰として幼い時代からやり直しをさせられているシヴァンが、久しぶりに本来の大きさのドラゴンとなった。──シヴァンは緑色のドラゴンである。青竜を演じる為に臭い塗料を全身に塗られて、半泣きでブレスを放ったのだ。茶金の瞳が赤くなるほど泣いてから。
貴重な写真と猫の愛らしさにほのぼのしていたルクレーシアが、これで終わりなの?と口を尖らせると、再びオープニングが始まった。
アリアはあの事件はちょうど30分番組になりそうと言っていたが、どうまとめてもそれは無理だった。
その為、実写版『陰陽戦記』は前後編となったのである。1時間番組にしなかったのは、エリファレットのこだわりだ。
後編は手に汗握る展開と、合間にあるアリアと稜真の掛け合いがテンポ良く構成されていた。そして何よりも見応えがあったのは呪力解放からの変身シーンである。
稜真が何度もやらされたお陰で、あらゆる角度からの再現が可能となり、エリファレットは嬉々として編集した。
『呪力解放』と稜真が唱えると笛の音が響き、解放された呪力で神と衣服が浮く。変身の際に流れる曲は、アニメと同じ物だ。音楽に合わせて、稜真の全身を柔らかな光がまとう。その光がシュルシュルと光の帯となって稜真を覆うと、体の線が露わになった。
頭上からゆっくりとほどける光の帯がまず見せるのは、白銀の狐耳。次に紺青の狩衣姿の稜真が現われ、耳と同じく白銀に変化した長い髪がこぼれ落ち、最後の九尾がぶわっと背後に現われた。
ふさふさの耳がピクッと動き、おもむろに開いた金瞳は縦に長く、白銀の毛並みには所々金が混じって光を放つ。アニメでは美しく神々しい冷たい天狐となったが、稜真が変じた天狐は愛嬌も感じられた。
力の入った変身シーンが終われば、大祓の祝詞からのラストシーンとなる。製作した側も、鑑賞した側も大満足だ。
エリファレットとエドウィナは、2度目を見終えてルクレーシアの部屋から出た。残ったルクレーシアとエドウィナは何度も何度も見返し続けた。
あまりに姿が見えない2柱を真面目に探したアダルバートに居場所を知られ、いつまでも出てこない母と姉に腹を立てていたエドウィナの手を借りて、アダルバートが部屋に突入。ルクレーシアとエドウィナは、珍しくも長男からお説教を受ける羽目となってしまった。
その後、実写版は神界で何度も上映会が行われることとなる。
違う閑話にする予定が、実写版ネタがいくつか思い浮かんでしまいまして…。
実写版に使われている歌と曲はもちろんアニメと同じ曲で、ルクレーシアが持っていたCDが使われています。




